1991/7
No.331. 岡 小天先生と小林理研 2. ガルトンの超音波笛
[エーデルマンパイプ]3. コンクリート床版の疲労度試験 4. 超音波リークディテクター UM-61型 超音波音源 SF-61型 <骨董品シリ一ズ その15>
ガルトンの超音波笛[エーゲルマンパイプ]
所 長 山 下 充 康
図 1羊羮の箱ほどの寸法をした古めかしい黒い小箱から不思議な道具が出てきた(図1)。
G形をした本体は精巧に工作された金属製で、象牙色の文字盤に目盛りの刻まれた捩子棒が取り付けられている。この捩子棒を捻ることによって棒の先端の小さな間隙を細かく調節することができる構造になっていて、一見するとマイクロメータである。
マイクロメータと様子が異なっているのは、捩子棒が一つではなくて両側に対抗した一対になっていること、その片方がゴムホースにでも繁ぐような形の管になっていることである。
怪しげな器具である。
恐る恐る管の部分をくわえて息を吹き込んでみると、スースーと空気が通り抜ける。捩子棒を少しずつ回転させてはスースーとやりながら息の通り具合の変化を調べていたときである。たまたま近くを通り掛かった若い職員が耳を押さえて顔をしかめた。その若い職員には異常な程の高い音が聞こえたと言う。
自分にはスースーとしか聞こえていなかったのだが、どうやらこの器具は発音装置、しかも極めて高い周波数の音を作り出す装置であるらしいことが判明した。
超音波関係の旧い文献をひもとくうちに、1921年に発表されたDr.M.Edelmannの論文が見付かった。
二十世紀の初頭、超音波の空気吸収が物理学者の一部で研究の対象にされた時代、超音波の発生装置として開発されたのがこの道具であったらしい。
当初、超音波発生の試みはガルトンによってなされ、ガルトン笛」の名前で一般に出回っていたらしく、約25,000Hzの音を放射することができた。これを改良したのがミュンヘンのDr.Edelmannである。
[Dem Andenken an meinen lieben Vater Max Thomas Edelmann gewidmet.Weihnachten 1921.Munchen.(敬愛するわが父マックス・トーマス・エーゲルマンの追憶に寄せて1921年クリスマス、ミュンヘンにて)]の前置きで始まるこの論文には、新型の超音波笛の構造と性能が詳しく紹介されている。1890年頃から親子二代にわたって改良が重ねられたものらしい。この父子は汽車の汽笛を製作する仕事もしていたことが述べられている。
彼等が開発したこの装置は30,000Hzを越える高い周波数の音を発生することが出来たとのことで、当時、数千個が世界中に輸出された。
ここに発見された図1の装置はその中の一つであろう。論文に全く同じ物が図示されていた。
図2が論文に掲載されているこの装置の構造図である。メカニズムを模式的に示すと図3のようになる。
Aの管端に送り込まれた圧搾空気がDノズルから噴き出して、Eの中央部分に衝突する。Eはシリンダー状になっていて、その中にピタリと収まるピストンが挿入されていて、Gを回転させるとEの中のピストンが滑らかに上下に動く。つまり、Eの中央が小さな円筒状の凹みになっていて、その深さをピストンによって変化させられることになる。
図 2 構造図 図 3 メカニズムの模式図Fの目盛りはピストンの位置、即ち凹みの深さを示すスケールで、Gの円周上に刻まれた目盛りと組み合わせて1/2mmの精度でその位置を読み取ることができるように工夫されている。
一方、Bには0〜9までの目盛りが刻まれていてこれを回転させるとDの長さが変わり、DとEとの間隙を任意に調節できる。
論文に紹介されている実験結果では、例えば、水柱気圧が100 mmの場合、DEの間隙を1.4 mmとし、凹みの深さを18.8 mmとみれば、4,438Hzの音が発生する。間隙を0.53mm、凹みの深さを0.35mmとしたときには31,038Hzであると報告されている。
試しにスースーと吹き鳴らした音をマイクロフォンで受けて波形をオッシロスコープで観測したところ、30,000Hzの超音波笛を製作している。
音響計測技術や機器が今日のように発達していなかった当時、電気的な超音波発生装置の完成に先駆けて製作されたエーデルマンのガルトン管は関係方面で重宝がられたことであろう。手にずしりと重い質感がいかにも堅牢な構造を思わせて心地好い。性能的にも極めて安定していて使い勝手が良さそうである。
この装置が具体的にどの様な実験に使用されていたのかを知りたくて研究所の旧い記録を色々と調べているが、その痕跡すら見出だせないでいる。
数名の職員が仕事をしている研究室の隅でスースーやると何人かが異常な聴覚刺激に反応して騒ぎがはじまる。全く感じていない者も居るから、奇妙な騒動である。頃合を見計らって捩子棒を回しピッチを落していくと全員に聞こえるような周波数になり、音の正体が判明するので騒ぎが一段落する。さすがに若い職員ほど高い周波数に対して感度が鋭いようである。
自宅へ持ち帰り、寝そべっていた愛犬に向かってスースーやったら飛び起きて首を傾けていた。