2009/1
No.103
1. 巻頭言 2. inter-noise 2008 3. カナダの圧電材料国際会議 4. 拍子木 柝
  5. 普通騒音計 NL-27

    <骨董品シリーズ その69>
 拍子木 柝

理事長  山 下 充 康

 数年前までは都内でも高層の建物が少なくて空が広かった。寒々とした紺碧の夜空に細い月がかかって遠く近くに犬の遠吠えが聞こえる。こんな冬の夜、家並みの瓦屋根を越えて路地を行く夜回りの拍子木を打つ音が聞こえて来たものである。

「火の用心、さっさりましょーう・・・」

 拍子木の音・・・木と木を打ち合わせて音を放射する拍子木の音は衝撃音であるにもかかわらず耳に優しかった。深夜の大声と拍子木の発てる衝撃音と聞くと今日では迷惑な存在であろうが、夜回りは騒音苦情の対象にはならなかったようである。

 拍子木は「夜回り」の他にも「相撲の呼び出し」、「歌舞伎の幕間」、「祭りなどの宗教行事」、「紙芝居」などで様々に使われている。

 興味深いのは音と音の「間」に特徴が見られることである。歌舞伎の幕間に打ち鳴らされる拍子木の音は長い「間」を挟んで、忘れた頃「チョン!」と鳴らされる。相撲では力士の名を読み上げる際に実に間延びした合間の中で打ち鳴らされる。夜回りの拍子木も無闇矢鱈に叩き捲るようなことはしない。以前このシリーズで紹介したバリバリと機関銃のように連続した轟音を発てる「rattle−夜警用警報機」(骨董品シリーズ その27 小林理研ニュースNo.53 1996/7)も木の音であったが、これに較べると拍子木は喧しくない。個人的な印象であるが、拍子木の音はしみじみと心に沁みる音ではなかろうか。拍子木は「間」を上手に利用して音を奏でる。変哲も無い二本の四角柱の木片を打ち合わせるだけで音を放つのが拍子木である。

 打ち合わせて音を放射するから材料としては紫檀、黒檀、花梨、樫などの硬い木が使われる。揃いのしるし半纏を着て一組の拍子木を繋いだ紐を首に掛けて町内に防火、防犯の意識をふれて歩く旦那衆の姿は粋である。

 今回の骨董品シリーズでは「拍子木」を取り上げた。大中小三種類の古びた拍子木を木工民芸品を商うアンティークショップで手にいれた(図1)。これらの拍子木、何に使われたものなのか、いずれも使い込まれた痕跡が残されている。これらの拍子木の材料は不明であるが、小が最も硬い。発てる音は「チャキチャキ」と甲高い。中は「カーン、カーン」、大は「コーン、コーン」という感じで鳴る。
図1 拍子木

 3つの拍子木の寸法と放射音の音圧波形を図2に示した。一定な放射音を叩き出すのは難しい。従ってここに示した音圧波形は厳密に言えばほんの一例ということになるが、放射音は大中小の拍子木ごとに個々に特徴的である。
図2 3つの拍子木の寸法(mm)と放射音の音圧波形

 大はコーン、中はカーン、小はチャキチャキ・・・これを1/3オクターブバンド周波数分析して放射される音の支配的な周波数成分を求めた結果、大が2500 Hz、中が1600 Hz、小が4000 Hzであった。

 太さ、長さ、材料が三種三様に異なっているからここでこれ以上の厳密な比較論議を進めるのは意味が無い。

 拍子木は単純な四角柱に切り出された木片のようであるが、打ち合わされる面が曲面に作られていて、凸面同士がぶつかり合うように作られていることは余り知られていない。目には見えない程の微かな曲面で、これが放射される音に微妙に影響するらしい。平滑な面同士がぶつかると「パチン」という音がして耳障りである。木と木が当たる音を作り出すために微かな凸面に仕上げられたものであろう。木の音を叩き出すために意外な工夫が加えられている(図3)。
図3 打撃面は微かな曲面に仕上げられている

 日本には木の音を利用した民具が多い。図4は蓆を編むのに使われる木製の錘である。木の錘は蓆を編むのに適度な重さが重宝されたものであろう。これを張り渡した長い縄にぶら下げて猪や鹿などの害獣の農地への侵入を防止するのにも使われたと聞いた。木の音を利用した農具である。
図4 黒檀の拍子木(上)と蓆編みに使用された木製の錘(下)

 夜回り、夜警の拍子木から蓆編みの農具に至るまで素朴な木製の音具を取り上げた。
 拍子木の音響分析には卒業研究生の三谷謙太君にご協力いただいたことを申し添える。

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