2006/7
No.92
1. 五十嵐 寿一先生の思い出

2. 河合平司先生を偲ぶ

3. スキャニング法による音響パワーレベル測定 4. 骨 の 笛 5. 第26回ピエゾサロン 6. 耳管機能検査装置 JK-05
       <研究紹介>
 
スキャニング法による音響パワーレベル測定

騒音振動第一研究室 鈴 木   肇

1.はじめに
 騒音源から放射される騒音がその周囲に伝搬するとき、ある地点における騒音レベルを測定することで騒音源からの影響程度を把握することができる。例えば、機械メーカが製品の騒音試験を距離1m点で行う場合を考える。試験室では測定条件が変わることはないから製品を入れ替えて測定した値を直接に比較でき、よって、距離1m点の騒音レベルで製品の良否判定ができる。ところが、この機械を購入したユーザが使用場所に設置した場合、周辺環境がメーカと異なれば同じ距離で騒音レベルを測定しても同じ値を示すとは限らない。従ってカタログ値としては、周辺環境によらない騒音源固有の特性を示すことが望ましい。騒音源固有の特性としては、騒音源から1秒間に放射される音響エネルギーとして音響パワー(W)が定義されている。実際は騒音源を完全に取り囲む仮想的な測定面を設定し、測定面から放射される全エネルギーを積分し、基準値1pWに対する比をデシベル換算し音響パワーレベル(dB)として表記される。
 音響パワーレベルは上記のような機械の特性表示(ラベリング)として適切であるばかりでなく、環境アセスメントにおいても重要な役割を果たす。自動車や建設機械の音響パワーレベルが把握されていれば、騒音の伝搬過程を予測して周辺の影響評価を事前に行うことができ、これらは既に日本音響学会が提唱する予測モデルとして運用されている[1][2]

2.研究の背景
 騒音源の音響パワーレベルを測定する方法は、測定する物理量の違いにより音圧法と音響インテンシティ法(SI法)に大別できる。更に表1に示すように、測定音場や測定精度により現在のJISでは5つの規格に規定されている[3]。これらの規格から適切な測定法を選択し、測定結果が規格の要求事項を満たせば測定された音響パワーレベル値は所定の精度が保障される。音圧法による測定は騒音計を用いて測定できるためコストの面で利点はあるが、測定場所が実験室でない場合に対象外音源からの騒音を事前に除外する必要がある。一方、SI法による測定では測定面外からの騒音は原理的に測定面全体の積分によりキャンセルされるため、事前の対策が必要となることはない。測定面上の音響インテンシティを直接測定できる音響インテンシティ計測器は、位相特性や感度特性に高い性能が要求されるが、近年の技術進歩により利用し易い状況になったと言える。SI法の中でも、スキャニング法は測定面上でセンサ部であるプローブを走査(スキャニング)させるだけでよく、他の測定法に比べて簡便であり、且つ、規格の要求事項に従えば測定精度も保障される。これまでの研究結果からスキャニング法による測定では、音響パワーレベル値は他の測定法と比較して同程度の精度で測定できるにも関わらず、規格の要求事項を満たさない場合があるという結果が報告されている[4]。そこで、本研究ではスキャニング法による実験を行い、精密級を規定するISO 9614-3で要求される事項についての検討結果を報告する[5][6]

表1 音響パワーレベルの測定体系(JIS)
方法
精度

JIS

音圧法 自由音場法
半自由音場法

精密

JIS Z 8732
準自由音場法 実用,簡易 JIS Z 8733
拡散音場法 精密 JIS Z 8734
SI法 離散点法 精密,実用,簡易 JIS Z 8736-1
スキャニング法 実用,簡易 JIS Z 8736-2


3.スキャニング法による実験
 実験では図1に示すように、半無響室に被測定音源を設置し、これを取り囲む1辺1mの測定面の外側に外来騒音を発生させるための音源を設置した。外来騒音は敢えて音場が変化するよう付加したもので、スピーカにはピンクノイズを入力した。実験条件は、図1のA点において被測定音源が76dBとなるように調整し、この状態で外来騒音を0dB、64dB〜76dBの6dBステップで変化させた。スキャニングはプローブを測定面上において速度20cm/s・間隔20cmで走査させ、0.5秒毎に音圧レベル及びノーマル音響インテンシティレベルを取得した。なお、ノーマル音響インテンシティレベルは音響インテンシティの測定面に垂直な成分である。
 被測定音源の音響パワーレベルは、図2に示すように約1dBの範囲で測定することができた。つまり、A点において被測定音源と外来騒音のSNが0dBであっても、精度良く測定できたと言える。

図1 実験配置図
図2 被測定音源の音響パワーレベル

4.外来騒音の影響検討
 ISO 9614-3では測定の再現性を保障するために、測定データから次に示す音場指標を求め、音場指標が基準を満足することを条件としている(詳細は文献[5]を参照)。

 これらのうち、外来騒音の影響を検討するために基準3、基準4について結果を示す。外来騒音の大きさと負のインテンシティ、及び、音場負均一性の関係を図3に示す。これより、外来騒音により負のインテンシティが増加し基準3を、同様に音場不均一性が増加し基準4を満たさなくなったことがわかる。これは、測定面内に流入した外来騒音がキャンセルされなかったことに原因があり、測定面上でのインテンシティ分布が変化したためと推察される。以上のように、SI法のスキャニング法による測定では、音響パワーレベル値が簡便に、且つ、比較的精度良く測定されるが、音場指標の振る舞いについてはまだ不明瞭な点が残る。測定面上のインテンシティ分布を把握することを今後の課題としている。

図3 外来騒音の大きさに対する負のインテンシティ及び音場不均一性の関係

 5.おわりに
 音響パワーレベルは騒音問題を取り上げる上で基本的な量であり、その利用価値は高い。しかしながら、様々な業界規格等では機器の正面1m点の騒音レベルで騒音発生量を判定するといったことが多く残っており、音響パワーレベルの実測値によるデータの蓄積は意外なほど少ないようである。SI法を用いれば比較的簡単に測定できるばかりでなく、その特性から、騒音源の部位別に求めることも可能である。何れにしても、音響パワーレベルが広く認知され、環境アセスメント等において広く活用されることが期待される。

参考文献
[1]
日本音響学会道路交通騒音調査研究委員会,“道路交通騒音の予測 モデル“ASJ RTN-Model 2003”,”音響学会誌,60,192-241(2004).
[2]
日本音響学会建設工事騒音予測調査研究委員会,“建設工事騒音の 予測モデル“ASJ CN-Model 2002”,”音響学会誌,58,711-731(2002).
[3]
橘 秀樹, 矢野博夫, 環境騒音・建築音響の測定(コロナ社,東京,2004),  pp26-37.
[4]
橘 秀樹, 矢野博夫, “音響インテンシティ法による音響パワーレベル測定における音場指標について,”音講論集,pp.809-810(2001.10).
[5]
ISO 9614-3:2002, Acoustics - Determination of sound power levels of noise sources using sound intensity - Part 3:Precision method for measurement by scanning
[6]
鈴木 肇, 木村和則,“音響インテンシティ法を用いた音響パワーレベル測定における音場指標の外来騒音による影響,”音講論集,  pp.837-838(2004.9).

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