2004/7
No.85
1. 武蔵国分寺跡について記した新聞紙面より 2. PE法による騒音伝搬とレベル変動の予測 3. 音声分析器(サウンドスペクトロメータ)

4. 第18回国際音響学会議(ICA2004)

5. 第22回ピエゾサロン 6. 3軸振動計VM-54と人体振動測定システム
 
 第22回ピエゾサロン

顧 問 深 田 栄 一

 平成16年4月12日に小林理研で第22回のピエゾサロンが開催された。ドイツのダルムシュタット工科大学(Technical University of Darmstadt)のProf. Gerhard. M. Sessler“New Piezoelectric Cellular Polymers”の題で講演された。多孔性ポリプロピレンのエレクトレットフィルムが500 pC/Nという大きな圧電率を示すという研究はここ数年大きな話題になっている。エレクトレットマイクロホンの創始者として有名なProf. Sessler が京都の国際音響学会に来日された機会に、多孔性ポリプロピレンエレクトレットに関する最近の研究をお聞きすることができた。

Prof. G. M. Sessler(Technical University of Darmstadt)講演

多孔性ポリマーエレクトレットのモデル
 多孔性ポリプロピレンエレクトレットのモデルを図1に示す。ポリプロピレンと言う高分子フィルムを面内で縦横に延伸すると繊維状になり、さらに窒素などのガスを圧入すると、平らな空孔が多数存在する構造を作ることができる。このようなフィルムにコロナ放電を加えると、空孔の上下の面に、プラス、マイナスの電荷がトラップされる。空孔の大きさには分布があるが、大雑把にはミクロンの桁である。したがって電荷をトラップした空孔は巨大な双極子を構成する。フィルム面に圧力が加わると、空孔の間隙は容易に圧縮されるので、双極子の値は大きく変化し、フィルムの両面の電極に誘導される電荷も大きく変化する(双極子の値はプラス、マイナスの電荷の値に、電荷の間の距離を掛けたものである)。
圧電率d33の測定
  フィルムの厚さ方向を3軸にとって、電極に発生した電荷と厚さ方向に加えた圧力との係数を圧電率d33と定義する。これは厚さ方向の歪と厚さ方向に加えた電界との係数にも等しい。これら正逆の効果を用いて、振幅依存性、厚さ依存性、温度依存性、圧力依存性、電圧依存性、面内の一様性、時効効果など詳細な研究結果が報告された。

図1 多孔性ポリプロピレンエレクレット

 d33の値がもっとも大きいサンプルの周波数依存性の例をあげる。10-2 Hzの800pC/Nの値から周波数の増加とともに序々に減少し105Hzで500 pC/Nになる。表1には従来の圧電材料との比較が示されている。多孔性ポリプロピレンの圧電率d33の値は、圧電高分子の代表であるポリビニリデンフロライド(PVDF)に比べて数10倍であり、圧電セラミックPZTの値の倍以上である。g33は3方向の圧力に対して現れる電界を示す。g33の値も圧倒的に大きい。

表1 圧電定数の比較

マイクロホンなどの応用
 多孔性ポリプロピレンエレクトレットフィルムを用いたマイクロホンの周波数特性の例を図2に示す。可聴周波数範囲でほぼ一定の感度2.5mV/Paである。高調波歪は3000Paの音圧でも1%以内である。ただし、電荷を減衰させないために使用温度は60℃以下に限られる。スピーカや水中ハイドロホンも試作されている。

図2 多孔性ポリプロピレンエレクレットフィルムを用いたマイクロホンの周波数特性の例

エレクトレットと分極反転
 初期のエレクトレットはカルナウバ蝋などの絶縁体に高温で高電圧を加え、プラス、マイナスの電荷を両面に分離してトラップさせたものである。従来の高分子エレクトレットは、テフロンなどの絶縁性の良いフィルムにコロナ放電で電荷をトラップさせたものである。これらのトラップされた電荷は安定であり、外から電界を加えても動くことはない。

 これに反して、チタン酸バリウムやPZTセラミック等の強誘電体では、外から電界を加えると電気分極の符号を反転させることができる。また電気分極と電界の間にヒステレシスが観測できる。強誘電体結晶の電気分極は結晶格子を作る原子が微小に変位してプラスの原子とマイナスの原子が対になって双極子を作ることによる。すでに分極した結晶に外から逆向きの電界を加えると、原子の変位の方向が反転し、そのため電気分極も反転する。

 別の言い方をすると、強誘電体では外部電界によって電気分極の反転が起きるが、通常のエレクトレットでは分極反転は起こらない。何故なら、エレクトレットの分極はイオンが空間電荷として固定トラップされたものだからである。ところが、多孔性ポリプロピレンエレクトレットでは電気分極の反転が起こったのである。

 多孔性ポリマーのエレクトレットでは、内部の多くの空孔の両面にプラス、マイナスのイオンが固定されて、それらが全体として試料の電気分極を作っている。外部から高い電界を加えると、内部の空孔の中でミクロな放電が発生する。そのため外部電界の向きにしたがって、イオンの流れが起き、固定される電荷の符号が反転するのである。空孔内の放電のために発生する光を観測した報告もある。

強誘電性エレクトレット
 多孔性ポリマーのエレクトレットでは、強誘電体に見られる分極反転とヒステレシスが観測できるため、強誘電性エレクトレットという新しい名前が与えられた。

 振り返ってみると、1969年にPVDFのエレクトレットに圧電性が発見されてから数年以上にわたって、分極した高分子フィルムの電気分極の主体がイオンなのか双極子なのかについて議論が続いた。やがてヒステレシスや分極反転の観測から、PVDFは強誘電体であることが結論された。しかし安定なトラップイオンの存在も事実であった。多孔性ポリマーエレクトレットでは、トラップイオンが分極反転を起こすことが今明瞭となったのである。時間と共に研究が進歩することに深い感慨を覚える。

 強誘電性エレクトレットは、まず高分子フィルムに多孔性の構造を与え、良い絶縁性を利用してイオンを空間電荷として固定し大きな電気分極を保持させる。多孔性のために変形がしやすく、巨大な圧電効果が得られる。ミクロな双極子の変位ではなく、マクロなトラップ電荷の変位を利用しているのである。

多孔性ポリマーのEUプロジェクト
 多孔性ポリマーエレクトレットのトランスデューサへの応用はDurasmartという題名でEUでの成長プログラムの一つとして取り上げられた。2001年から3ヵ年で3.3 Million Euroの研究費で次の7つの研究機関と企業が協力している。VTT Technical Research Centre of Finland, University of Potsdam, Germany, Johannes-Kepler University, Linz, Austria, Dupont Teijin Films UK, EMFiTech Oy, Finland, Technofirst SA, France, TechImp Srl, Italy. Emfit と名づけられたエレクトレットフィルムがすでに市販されており、マイクロホン、ヘッドホン、超音波トランスデューサ、圧力センサ、病院の監視装置など様々な応用が展開している(http://www.vtt.fi/virtual/durasmart/)。

参考文献:Physics Today Feb.2004, p.37-43.

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