2003/7
No.81
1. 透過損失測定をめぐる常識 2. 新型吸音ルーバーの遮音性能 3. ソロフォン 4. オージオメータ AA-78
       <骨董品シリーズ その48>
 ソロフォン(独りでレコードを楽しむための装置)

理 事 長 山 下 充 康

 エジソンが蝋管式蓄音機(1990年1月号、No.27に掲載)を世に送りだしてから百有余年が過ぎ、その間に録音再生の技術が飛躍的な進歩を遂げたことは本シリーズでしばしば取上げてきた蓄音機関係の「骨董品」でも紹介した通りである。レコード盤の音溝に刻まれた音の波形を忠実にトレースして空気中に効率よく音を放射するために開発されたサウンドボックス(たとえば1989年7月、No.25 「ポータブル蓄音機 サウンドボックス」参照)の改良や音を更に増幅して大音響で聞くために工夫された様々なホーン(1997年7月、No.45「骨董品展示室の喇叭(ラッパ)たち」参照)などは、「音響科学博物館」の展示品の中でもご来訪の方々から強い関心が寄せられている。これらの蓄音機が、遠い昔に録音された音を実際に聞くことの出来る状態で保管されていることも人気を得ている所以であろう。

 電気的な増幅回路の開発される以前の蓄音機では「大きな音を鳴りわたらせる」ことを第一の要件としていたものであろうか、概して高級機ほど口径の大きなホーン(巨大な朝顔)を備えていたようである。今日の電気的なオーディオ機器では味わうことの出来ないような柔らかでどこか生々しい響きを聞かせてくれる蓄音機たちではあるが、これらの音は個々の機器に固有の大きさが決まっていて、再生音の大小を制御することが出来ないという難点がある。蓄音機たちが展示されている音響科学博物館が講習室や会議室に隣接しているので、講習会の開催中や会議室の使用中には蓄音機のデモンストレーションは差し控えなければならない(蓄音機と同様に「オルガニート」や「オルゴール」などの音具類も放射音の強弱のコントロールは困難であるのでデモンストレーションには配慮が要求される)。

 大音響ではなく、レコード音楽を独り静かに楽しみたいというのは今日のイヤホンやヘッドホンによる音楽ソフトの鑑賞と同様に古来から音楽愛好家たちの望むところであったのであろうか、一人用のレコード再生装置が市販されたらしく、今回はそれを紹介させていただくこととした。

 「ソロフォン」と名付けられた一人用のレコード鑑賞用具で、図1はこの器具が納められているボール箱の裏蓋に印刷されている取扱説明書。図入りで丁寧に説明されているので、そのままをここに紹介させていただいた。

図 1 「ソロフォン」取扱説明書

 音を聴くには聴診器のように細工されたゴムのチューブを両耳に挿入する。実物のゴムチューブは劣化してぼろぼろに崩れているが、原型を推測することは不可能ではない。チューブの他端は金属製の円筒状の器具に接続されている。円筒部の長さは37mm、円筒の外径は20mmほどである。

図 2 「ソロフォン」全外観(左)とコネクタ内部(右)

 金属の円筒部分(C:説明文ではコネクタと呼んでいる)をサウンドボックス(A)と伝音管を兼ねたアーム(B)との間に挿入して使用する。構造と機能の理解を助けるために断面の概要を図3に示した。コネクタは大部分が無垢の金属円柱で構成されており、一部がサウンドボックスの取り付け管に接続できるように円筒状に仕上げられている。サウンドボックスが放射する微かな音はコネクタの円筒の内側に突き出た管に送り込まれて、ゴムのチューブによって耳に伝えられる。この装置の機能は聴診器と同じ発想によるものであろう。

図 3 「ソロフォン」構造図

 コネクタ部分が無垢の金属で重く作られているのはサウンドボックスの振動が伝音管に伝わるのを遮断するためであろう(約50g)。サウンドボックスとコネクタを合わせた重量がレコード針の先端にかかって、その結果、音盤を傷つけることが懸念されることから、取り扱い説明文では「やわらかい針を使用すること」を薦めている。イヤホンやヘッドホンで音楽ソフトを楽しむのに似て、周囲に大音響を出さずに独りでレコードを楽しむことを可能にしたこの装置はレコード愛好家たちに大いに歓迎されたことであったものと推察する。

 説明文によれば、一人だけではなく複数人で聴くことが出来るようなオプションの部品(アタッチメント)が準備されているとのこと。人々がゴムのチューブを耳に挿入して蓄音機を取り囲んで音楽を聴いているのは微笑ましい光景であったことであろう。ソロフォンが製造販売された時期を正しく知ることは出来ないが、両耳型の聴診器が普及しはじめた時期であるやに推測する(1940年頃?)。

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