2001/10
No.74
1. 騒音に関する社会調査の解釈 2. 蓄音機ピックアップ 3. 音響式残量計の開発 4. 第13回ピエゾサロン 5. LD励起個体レーザーを光源とする気中微粒子計 KC-22A
        <骨董品シリーズ その41>
 蓄音機ピックアップ

理事長 山 下 充 康

 小林理学研究所の本館二階の一画に開設した「音響科学博物館」は施設見学に来られた方々にご好評を得ているところである。音響研究に携わられた先生方はレーリイ板やヘルムホルツの共鳴器(周波数分析器)、検電器(電流計)や電磁オッシロスコープといった計測器類を懐かしく目にされ、その当時の音響実験の苦労話などを例えるのが案内させていただく者にとって大層嬉しいことである。音響の専門家以外の方々には大口径のラッパを備えた蓄音機類が展示物の中では一番の人気を呼んでいる。1900年代初めに市販されたエジソンの蝋管型蓄音機(1990年1月号・No.27)や大きな木製のホーンの蓄音機(1994年7月号・No.45)で昔の録音を聞いていただくと意外なほどの音質の良さに驚嘆されるようである。

図1 音響科学館で人気を呼んでいる
アンティークな蓄音機たち

 この博物館で展示物を整理しているとしばしば奇妙な事柄に気付かされることがある。その一つに音響科学の目指す方向の逆転とでも言おうか、ある時期を境にして研究の関心が大きく転換していることが挙げられる。即ち、近年では音環境保全を実現するための騒音制御、つまり音の低減に係る研究が中心となっているところであるが、初期の音響科学では昔を遠方まで伝えるための方策や音を拡大する方法に関心が向けられていたようであ る。効率的な拡声機能を有するホーン形状の設計、音溝に刻まれた微かな音の波形を振動として感知しこれを大きな音に変えて放射する工夫等々、いずれも今日とは逆に音を増大させる方向の研究だったように感じられる。蓄音機にあっては大音響で音を再生するための研究成果や技術が集約されたアイテムの代表的な物ではなかろうか。

 今回紹介させていただく骨董品は、蓄音機のサウンドボックス(1989年7月号・No.25)が電気式に移行する過程に登場したレコードピックアップである。 音溝に刻まれた振動を音に変換する道具がサウンドボックスであるが、その音を拡大するために様々な「からくり」が考案されてきた。ポータブル蓄音機ではサウンドボックスからの音をそのまま聞かせるに留まっていたようであるが、据え置き型の蓄音機ではサウンドボックスに伝声管を取り付けて大口径のラッパや木製のキャビネットに組み込まれたダクトで音を拡大するなどの工夫が考案されている。

 蓄音機のターンテーブルを回転させる動力には長年ゼンマイ仕掛けが使われていたが、電気モーターがこれに代わる。いわゆる電蓄(電気蓄音機)の登場である。これに次いで真空管回路を備えたラジオが開発され、これが普及するとラジオの同調検波回路の後段に組み込まれている増幅回路にレコードピックアップからの電気信号を入力してスピーカーを鳴らすという本格的な電蓄時代を迎えることとなる。ラジオ放送と音楽ソフトを一つのセットで聞くことが出来るという装置は、現代で言う「ラジカセ」の元祖である。ラジカセはこの時代の「電蓄」の延長上に位置しているのであろう。以前は家庭用のラジオの背後に[PU]端子が見られたことを記憶されている方々も居られよう。この端子が増幅回路の入り口で、ピックアップからの出力を接続する端子であった。

 さて、ここで問題となるのがピックアップから取り出す電気信号の問題である。一時期、ロッシェル塩の圧電効果を利用したクリスタル型ピックアップが人気を呼び、リオン株式会社が特殊な機構のアームとクリスタル型ピックアップのカートリッジをセットにして市販したことがあった。当時のオーディオ愛好家の間でこのセットが大層なブームになったことを記憶している。

図2はそんなピックアップが登場する以前に開発されたレコードピックアップである。西洋骨董店のガラスケースに置かれていたのを偶然目にしたので買い求めた。

図2 従来型のサウンドボックス(左)と
電気式(マグネット型)のサウンドボックス(右)

 マグネットとコイルを組み合わせて機械的な振動を電気信号に変換するピックアップで、従来のサウンドボックスの代わりにアームに取り付けるだけの簡単な構造の器具である。ベースは馬蹄形のマグネット、これに絹巻線のコイルとレコード針の取り付け部がセットされている。金属で角打ちされた堅牢な厚紙の箱に納められているところから未使用品と見た。

 マグネットとコイルによって振動から電流を励起するメカニズムは原理的に単純明快であるが、微調整のための多数のネジが見られる。この道具のユーザーは好みの音を聴くためにネジを使って微調節を繰り返すという試行錯誤を強いられたものと推測される。

 図3にこのピックアップの機能と構造を説明するための拡大図を示した。全体が金属の塊といった感じで手にするとズシリと重い。繊細な仕上げの様子から手作りの製品であるやに推測される。メカニズムから推し測るにマグネチック型のスピーカーが全盛だった頃の製品であろうか。実際にはこの後、ダイナミック型やクリスタル型、エレクトレット型などの高機能のレコードピックアップが普及するのでこの種のマグネチック型が使われたのは極めて短い期間であったと推察する。

図3 マグネット型サウンドボックスの構造
(微調整用のネジが多い)

 音溝に刻まれた音の波形がピックアップの針を振動させ、これが電気信号に変換されるという、今思えばさして難解ではない事柄であるが電気回路技術の黎明期、真空管を熱くしながら良い音を求めて数々の工夫を重ねた技術者たちの苦労を感じさせられる骨董品の一つである。

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