1993/4
No.40
1. 環境騒音を測る 2. デシベルの計算と等価騒音レベル 3. 汽笛型純音発音器 4. 人工中耳 5. 聴覚障害児の聴覚の活用
       <技術報告>
 人工中耳(植込型補聴器)

リオン株式会社 聴能技術部 中 村 雅 信

1.はじめに
 人工中耳とは、聴覚障害者の聴力を補うために、鼓膜・ツチ骨・キヌタ骨の機能を代替する植込型補聴器のことです。
 耳は、外耳・中耳・内耳・聴神経に大別することができます。外耳から中耳の間の障害によって難聴となった場合を伝音性難聴と呼びます。
 内耳から聴神経や脳中枢の間の障害による難聴を感音性難聴と呼び、メニエール病、薬物の副作用でラセン器が侵された場合などによる難聴などがあげられますが、伝音性難聴と比べて原因や症状は複雑です。
 伝音性難聴と感音性難聴が重なり両方にまたがった場合、混合性難聴と呼び中耳炎の悪化と共に内耳も侵されてしまった時などがこれにあたります。
 人工中耳は、主として慢性中耳炎、真珠腫性中耳炎、癒着性中耳炎、中耳炎後遺症、および中耳炎術後症など中耳に疾患があり、併せて感音系に障管がある中等度の混合性難聴で、鼓室形成術を受けても会話聴取が十分でない難聴者を対象に開発されました。
 基礎研究を1978年9月から1983年3月迄4年半をかけて通商産業省工業技術院の国家プロジェクトとして、技術研究組合・医療福祉機器研究所の委託研究制度を受けリオン株式会社が行いました。
 臨床応用の研究は1986年から1988年迄の3年間、厚生省科学研究補助金を受けて行われ、この研究によって人工中耳をヒトに植え込むための手術方法が確立されました。
 臨床試験(治験)は1986年から1991年迄の5年間にわたり、帝京大学と愛媛大学において行われ、その症例数は帝京大学30症例、愛媛大学34症例で有効率86%という成績をおさめました。そして1992年10月に厚生省より、薬事法に基づく製造承認を頂きました。

2.構成・原理
 人工中耳は、体外部と体内部で構成されています(写真)。
 体外部は、マイクロホン・増幅器・電池・体外コイルからなり、形状も装用形態も耳がけ形補聴器と同じです。但し、耳栓等を外耳道に押入する必要がないので、本体を耳の後ろに乗せて安定させるだけで使用できます。
 体内部は、体内コイル・リード線で接続された耳小骨振動子からなり、体内コイル部分は側頭部皮下に、耳小骨振動子部分は中耳腔に手術によって植え込まれ固定されます。
写真
 音(音声信号)の伝達経路については、図1に示すように、まず体外部のマイクロホンに入った音が電気信号に変換されます。その信号は増幅器によって増幅され、体外コイルにより電磁波信号として出力され、電磁波信号は皮膚を貫通し、体内に植え込まれた体内コイルに誘導されます。そして、電気信号としてリード線を経由して耳小骨振動子へと伝達され、ここで機械振動に変換されます。その振動は、振動素子の先端に接触しているアブミ骨に直接伝わり、内耳へと導かれます。

図1

 耳小骨振動子は、電気信号を機械振動に変換する部分で、いわば人工中耳の心臓部です。振動素子は、生体の中耳腔という狭い空間に植え込まれるので、小型で高い信頼性があり長寿命であることが要求され、また外部磁界の影響を受けないこと等が重要となります。このような点を考慮して振動素子には圧電セラミックが採用されています。振動素子の原理を図2、図3に示します。図2のように圧電セラミックの板の両面に電極を付け、一方を固定して電極間に交流電圧を加えると、圧電セラミックの自由端は板の長さ方向に電極間に加えた電圧に比例した伸縮運動をします。

図2 圧電セラミック板の振動
 
図3 バイモルフ構造の振動素子

 振動素子は、圧電セラミックの板2枚を図3のように分極方向を一致させた上で貼り合わせ(バイモルフ構造)、これを電気的に並列接続しています。貼り合わせた圧電セラミックは、それぞれ逆位相で長さ方向の伸縮運動をするので、結果として自由端は板厚方向に振動することになります。こうして振動素子に入力された電気信号は機械振動に変換されていく訳です。実際に使用されている振動素子は、長さ7mm×幅1.4 mm×厚み0.4 mmで固定端にリードが接続され、支持金具に固定された上で周囲は薄い生体適合材料によって被覆されています。
 耳小骨振動子はT方式とE方式の2種類あり、その動作原理はバイモルフ構造で同じですが、支持金具の形状が異なります。T方式は外耳道再建型、E方式は外耳道保存型の手術に適しています。また、体外部はT方式・E方式共に同じものを使用します。

3.特 徴
 通常の補聴器では、イヤホンから出た音は外耳道を介して鼓膜を振動させ、耳小骨を経由し内耳へと伝達されます。したがって、中耳に疾患があると振動の伝達が阻害され音が減衰したり、歪を持ったり、結果として聞き取りにくい音となってしまいます。一方、人工中耳では体外コイルから出た電磁波は、体内コイルを経由して耳小骨振動子へと伝達され、アブミ骨を直接振動させます。このようにアブミ骨を直接駆動する人工中耳は、次のような利点があります。
<音質に関して>
(1)音響的な歪が少なく、過渡応答に優れているので歯切れの良い音が得られる。
(2)騒音下での語音明瞭度が良い。
(3)4kHz付近の聴力改善が良いので子音の明瞭度が向上する。
<装用感に関して>
(1)音響的なフィードバックが無いので、ハウリングを起こさない。
(2)耳栓やイヤモールドが不要なので圧迫感や不快感が無い。
(3)ヘアピース(部分かつらタイプ)を利用すると体外部を隠すことができるので、装用していることを他人に知られない。
 また、体内部の植え込み手術は、中耳疾患による難聴に対する一般的な治療法である鼓室形成術の延長線上にあり、所要時間は3時間程です。体内部は電源の供給や調整筒所が無いので使用時に操作を行う必要がありません。体外部については使用状況により電池の交換等が必要です。
 手術後は、組織が安定した時点ですぐにでも音を聴くことができ、特別なリハビリテーションが必要ないという特徴もあります。

4.応用範囲
 人工中耳が適応となるのは、以下の条件を全て満たしている人に限定されます。
(1)鼓室形成術を受けたが、会話聴取が困難で十分な聴力が得られないもの。
(2)混合性難聴で、気導・骨導聴力レベル差が十分認められるもの。
(3)人工中耳による治療の利点、欠点及び副作用を理解し、納得しているもの。
(4)禁忌項目に該当しないもの。
《禁忌項目》
(1)20歳未満のもの。
(2)中耳腔に炎症の残留があるもの。
(3)中耳腔に耳小骨振動子を植え込むスペースが無いもの。
(4)気導・骨導閾値が変動中のもの。
(5)500Hz,1000Hz,2000Hzにおける骨導聴力レベルのいずれかが、50dB以上のもの。
(6)術中聴力検査を行い、十分な聴力改善が得られないもの。
(7)糖尿病、高血圧症、血液疾患など手術に耐えられない全身疾患をもつもの。
(8)患者とその家族のインフォームド・コンセントが得られないもの。

5.改善度
 図4に臨床試験の64症例で得られた成績の中の聴力改善度のデータを示します。改善度とは、手術前に測定した気導聴力レベルと手術後に体外部を装用して測定した気導聴力レベルとの差のことです。各周波数で数値が大きいほど人工中耳によって聴力が改善されたことを意味します。

図4 気導聴力レベルに対する改善度

6.おわりに
 人工中耳には数多くの利点がありますが、手術を必要とすること、その適応には多くの制限があり、実際に対象となる患者は難聴者全体の数からみると少数にすぎません。これからも聴覚系について研究が進み補聴器をはじめとして、より多くの難聴者が満足できる機器が開発される必要があります。

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