1992/4
No.36
1. 欧米における騒音事情 2. 航空機騒音の到来方向の変化の検出 3. 小型振動個人ばく露計の開発研究 4. inter-noise'91 in SYDNEY 5. リアルタイムアナライザ SA-27を用いた自動測定のできる超小型残響時間計
        「労働省開発助成補助金事業」
 小型振動個人ばく露計の開発研究

理 事 時 田 保 夫

 財団法人小林理学研究所は昭和61年に労働省からの補助金を受け、昭和63年までの三年間にわたって[小型振動個人ばく露計の開発研究]と題する研究を推進した。ここでは開発研究の成果を関係方面の方々に広くご利用いただくことを願って、その概要を紹介する次第である。

1.はじめに
 かつて人力に頼っていた多くの作業が、効率的な新しい機械・工具の開発で長時間の作業量を短時間でこなせるようになったことは記憶に新しい。また削岩機、ブレーカー、チェンソー、グラインダーなどのハイパワー手持ち作業工具の効率化は、これらによる振動障害の訴えによって新しい対応を迫られることになった事は広く知られている。手腕系の血行障害や神経麻痺などの現象で、白ろう病などは有名である。この振動障害の問題は先進諸国でも問題になっており、作業に従事する人達を障害から守るために、振動ばく露に対する人間の反応、振動の小さい工具の開発、作業管理、健康管理、などについて多くの研究、調査、規格の設定などがなされている。
 労働省では、1970年頃から振動障害防止策の整備の体系づくりに取り掛かり、工具の対策、作業の管理対策、健康管理対策、安全衛星教育対策などを進め、さらに82年からは振動のばく露量と反応についての調査研究がなされた。これらの結果を踏まえて、作業者の手腕系に入る振動量を的確に測定できて、且つ作業に支障の無いようなばく露計の開発が要望されるようになってきた。小林理学研究所では、労働省からの補助金を受け、新しい発想の機器を開発するために委員会を設けて検討を加え、小型振動個人ばく露計を開発することができた。既に学会では、この開発に関連する事項の一部を発表しているが、さらにこの成果を広く活用してほしいので、ここでその開発の経過と内容の概略を説明する。

2.検討して頂いた方々、委員会のメンバー
 時田が委員長を引き受け、この問題の各国の権威である次の方々に委員に就任していただいた。(敬称略)
石津国栄:鉱業労働災害防止協会
入江昭夫:林業・木材製造業労働災害防止協会
伊藤信郎:林業・木材製造業労働災害防止協会
岩田弘敏:岐阜大学医学部
大熊恒靖:リオン株式会社
坂本 弘:三重大学医学部
富永洋志夫:財団法人労働科学研究所
古川栄一:中央大学理工学部
三輪俊輔:労働省産業医学総合研究所
米川義晴:労働省産業医学総合研究所
山崎和秀:戸板女子短期大学
 このほか作業の現場に詳しい次の方々に臨時委員として参加していただいた。
河野春哉:林業・木材製造業労働災害防止協会
八上亮司:三菱重工業株式会社
村井憲一:本田技研工業株式会社
南条 誠:日本コンクリート工業株式会社

3.どんな物を期待したか、問題点は何か。
 手腕系振動ばく露の問題について国際的には既に1986年にISO 5349で手腕系に伝達される振動の測定と予測のガイドラインが出されていたが、これは手腕系への振動入力を掌にとりつけた3方向の振動ピックアップで測定するというもので、実際には指の間に挟んだ治具に3方向測定のピックアップを取りつけて測定をするという考え方である。
 このような器具を使うやり方は現場の長時間作業においては全く受け入れられるようなものではなく、実際の現場で個人のばく露量をしるためには作業の邪魔にならない新たな計器の開発をする必要が出てきた。また同じ作業をしていても、熟練度などで振動ばく露の状態は個々に違いがあることも分かっていたので、各自について得られたばく露のデータを作業の管理に適用して、各個人が振動障害に掛からないような管理のシステムが考えられないかが最大の課題になっていた。
 ばく露量表示の計測器として放射線のばく露量監視のためのフィルムのような簡単なものが得られるのが理想的ではあったが、ばく露基準と考えている振動量は等価工具振動レベルLvheqで、振動加速度に対応する電気信号を周波数荷重の処理をして出力しなければならず、単純な計測器ではこれを実現し得ない。従って基本的には小型化した振動ピックアップと電子回路の組合わせで構成することにした。またここで計測される量は、出力を個別に処理できる管理システムに結合できるような構成にすることを基本とした。
 開発の目標を次のように設定した。
(1) 振動ばく露計:
 ●小型軽量で本体は腕に装着可能なこと。
 ●作業性を損なわず、かつ堅牢な構造であること。
 ●手掌面に加わる振動加速度を測定すること。
 ●等価工具振動レベルを測定できること。
 ●測定量が表示できること。
 ●設定値を越えた場合の警告機能を持つこと。
(2) 振動管理システム:
 ●一定期間の作業者別ばく露量のリストを作成できること。
 ●振動ばく露基準値との対比ができること。
 ●長期間の振動ばく露の予測が可能な管理システムであること。
 ここで最大の問題は、いかにしてピックアップを作業者の邪魔にならないように装着できるかという事であった。研究の対象として短時間のばく露を測定する時は、手に相当過酷な条件であっても作業者は協力してくれるか、一日の作業時間中使用するような事は到底許されない。小型の振動ピックアップの開発と、その設定位置を決めるのが大きな課題となった。また作業者が邪魔にならないような小型の計器の開発と置き場所も問題であった。

4.Lvheqとは
 ISO 5349で測定することになっているのはLvheqという手腕系に影響を及ぼす振動加速度の周波数特性を加味した量で、エネルギー平均のLeqを基本にしている。vは振動、hは手腕系を意味する。等価平均する時間は4時間や8時間が使われるが、この時間はLvheq8というように表示されることになっている。この量は連続8時間に換算したばく露されたエネルギーという事である。日常の勤務作業時間の標準が8時間であることから、今回開発された測定器ではこの量を測定することにした。
 一応手掌に近い所で測定したこのLvheqが評価の対象になるわけであるが、前述のように手掌面では実用にはならないので、他の場所に振動ピックアップを移動して測定し、そこで得られる量が手掌面で得られるものと高い相関のあるものであれば、そこで得られる値を評価の対象にすることができるであろうとの判断で、振動ピックアップの設置場所の検討を行ったわけである。

5.振動ピックアップの設定方法の検討
 手掌面を外して手掌につたわる振動パワーに相当する量を厳密に計測することは不可能である。また86年からこの開発の研究の前に行っていた振動工具の実態調査で、実際に作業をする時にはハンドルの持ち方、作業の姿勢などは常に変化するので、3次元の量を計測しても計測と処理が複雑になるばかりで、そのメリットが全く考えられないものであったので、ピックアップを設定しやすい1方向(手掌面に鉛直に入る1方向の振動)だけの計測で計測評価量を代表させることにした。この量を基準に、他の場所で計測できる振動と、スペクトルやレベルの差を求め、Lvheqを決定するスペクトルに着目しながら最適の場所を選定した。その結果が手背に着ける方法で、その着け方はサポーターの簡単な改造で行うようにした。この状態は次の写真1に示すとおりである。

 
写真1 振動ばく露計ピックアップ用サポーター

6.関発された小型振動個人ばく露計
 以上のような研究と調査を踏襲してハードとソフトの開発が完了した。その概要は次のとおりである。
 ●振動ピックアップ:手背に設定する振動ピックアップの開発と、これに付随する前置アンプやコネクタも実用に耐え得る物を開発した。

 ●ばく露計本体:Lvheqの測定をし、かつここで得られたデータをコンピュータヘ転送できるようなインターフェースを備え付け、確実なデータ処理ができるような小型の本体を開発し、作業には邪魔にならないような装着ができるように写真2のようなチョッキも作成した。両手の手背に振動ピックアップをつけ、両脚ポケットに小型の本体を装着した写真である。
 ●管理システム:パーソナルコンピュータを用いてばく露計の振動データの採り込み、作業日別のデータの表示、週表・月報の作表とグラフ化などが簡単に行えるようにした。
写真2 作業用チョッキ
7.今後の課題
 開発した小型振動個人ばく露計は現場の実験も行って充分実用に供する事ができることが証明された。この計器を用いて現場における多くのデータを蓄積して、計測されるLvheqの値の各種作業に対する補正量などを決める事が可能である。このシステムが活用されるようになれば、科学的なデータに立脚した作業者の障害防除や健康管理に大いに寄与することができると思う。この計器の活用を大いに期待し、さらに使用しやすい機器の開発も望みたい。

8.おわりに
 長年にわたって研究と調査が繰り返されて、工具の振動低減、作業者の個別の防御策、ばく露量と反応についての関係などが整理されてきた段階で、個人に入る振動のエネルギーを何とか計測できないかと考えられたのがこの小型振動個人ばく露計である。この内容については学会発表も行い、国際的にも評価されているので、わが国もこの振動障害問題については主導権を握って海外にもアピールすべきものと考える。

 なお、[振動ばく露計]および[振動ばく露計ピックアップ用サポーター]の二点については、意匠登録出願中である。
 この計器の開発に当たっては、労働省の担当官及び委員各位の絶大な意欲と応援があった。ハード面については、リオン株式会社の技術部に全面的な御助力をいただいた。特記して感謝の意を表したい。

写真3 振動ばく露計本体
[文献資料]
1) ISO 5349: Mechanical vibration-Guidlines for the measurement and the a ssessment of human exposure to hand-transmitted vibration (1986)
2) G.Rasmussen: Measurement of vibration coupled to the hand -arm system. Vibration effects to the hand-arm system.(1982)P.90
3) 織田厚・時田保夫:手持ち振動工具の振動ばく露についての一提案・日本音響学会講演論文集(1987)P.525
4) 織田厚・時田保夫:手持ち振動工具の振動ばく露量計測位置についての実験的研究・日本音響学会講演論文集(1988)P.469
5) 織田厚・時田保夫:振動ばく露計による手持ち振動工具の振動ばく露量について・日本音響学会講演論文集(1989)P.553
6) Y.TOKITA, A. ODA and T.OHKUMA: A study on the setting position of vibration pick-up for the measurement of hand-arm transmitted vibration.
  The 2nd Joint Meeting of ASA and ASJ.(1988)
7) Y.TOKITA and T.OHKUMA: HAND-ARM TRANSMITTED DOSIMETER・5th International Conference on Hand-Arm Vibration.(1989)

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