1987/10
No.18
1. 20周年を迎えた「母と子の教室」 2. 振動ピックアップの比較校正 3. 1/Nオクターブ実時間分析器(SA-26) 4. 人間と関係のある振動の測定器規格
       <技術報告>
 
1/Nオクターブ実時間分析器(SA−26)

リオン(株)音測技術部 瀬 上  隆

1. はじめに
 信号処理技術は、アナログ・ディジタルを問わずあらゆる分野に応用されている。そして、ワープロ、CD、パソコン、ビデオなど急速に我々の生活に浸透してきている。これは、ICの大集積化が大きな要因であり、特にここ5, 6年の進歩には目をみはるものがある。その集積度は倍ゲームで、ある装置の設計を行なった時点と、それがラインに流れる頃の半導体メモリーの容量が4倍になっている事もめずらしくない。
 ディジタル信号処理用のIC(以下DSP)の開発速度も同様で、少し前迄は16bits固定小数点演算が主流であったものが、今日では32bits浮動小数点演算に移行し、しかも演算速度が従来の2、3倍で、1命令50nsの超高速のDSPも発表されている。値段もこれらの進歩に反比例しており、ちなみに7, 8年前、8万円位していたICが、今日では数千円で手に入る様な時代である。NEC製のパソコンPC9800が発表された当時、15年前のユニバックの大型コンピューターに匹敵すると話題になった。
 現在、DPSの開発は第二段階に入っており、値段は数万円と高価な状況であるが、近い将来に、どんな装置にも気楽に使用でき、高速で複雑な処理が可能となるであろう。

2. 概要

 時間領域での信号解析と同様に、周波数領域での信号の扱いは騒音・振動をはじめさまざまな分野で行なわれている。
 最近は、FFT分析器が安価で幅広く普及しており、シンクロなみにますます利用されるであろう。このFFT分析は定幅分析器であるが、定比分析器としては古くから騒音、振動の分野で、オクターブ、1/3オクターブ分析器が使用されてきた。この定比分析は、周波数軸が対数スケールで、人間の周波数的な感覚に対応し、また可聴域全体をカバーする上でも適している。
 今迄この分析器の多くは、アナログ的に実現されてきた。今回ディジタルで、しかも4チャンネル(1/3oct)同時分析と従来実時間処理がほとんどなされていなかった、1/6、1/12、1/24オクターブ分析を高速ディジタル演算で行なった。この基礎には前に述べた今日のIC技術の進歩がある。
 ディジタルで行なう最大の利点は、特性の均一化と高精度化それに環境に特性が左右されない事である。欠点は、まだまだ複雑であり高価な事である。
 ブロック図を第1図に示す。
 A/D変換器は14bits、フィルター部は24bits(指数8bits仮数16bits)、平均化部は 32bits(指数8bits、仮数24bits)の浮動小数点演算で、基本演算速度を100nsで実行し、1/12オクターブ(20kHz)、1/24オクターブ(10kHz)の実時間処理が可能である。又100kHz分析用のアナログユニットを、オプションで用意しており、1/3オクターブ、1チャンネルで100kHzまでの分析が可能である。
 CPUは80186を使用し、データメモリー容量は、1/3オクターブ、1,000画面分、3.5インチフロッピー、12インチカラーCRT、豊富な二次処理機能、トリガー機能が用意されている。そして外部記録のためにビデオ出力、二種類のプロッター出力、そしてIEEE488イ ンターフェースを標準装備している。

   
−第1図−

3. ディジタルフィルター
 本装置は、フィルター計算をディジタル演算で行なっており、そのブロック図は第2図に示す通りである。
 H、A、B、C、Dは定数。Z-1は遅延素子。この図は2次のフィルターで、一般的な1/3オクターブなどのバンドパスフィルターを実現するためには、三段カスケード接続すれば可能となる。
 第2図で、A、B、C、Dの定数を必要に応じて選択する事により、バンドパス、ロウパス、 ハイパスなど各種のフィルター特性を得る事ができる。第2図から明らかな様に、この実現には、乗算が5回、加減算が4回必要である。
 SA−26では、この計算を500nsで実行し、1/12、1/24オクターブ分析を可能にした。ちなみに前述したDSPでは、同様の計算に2μs位の時間を要している。現在のDSPの開発速度から考えるならば、あと2、3年後には、数100nsの速度のDSPが出現しているかもしれない。そうなれば、ますます高性能で安価なフィルターが実現できる事になる。
 A、B、C、Dの定数の算出方法は目的に応じて種々あるが、アナログの伝達関数から整合Z変換を用いて算出した。

-第2図-

4. 応用例
 以下の第3図〜第5図までは、1/24オクターブ分析スペクトラムの三次元表示と、サウンドスペクトログラフ(SG-09)の分析の比較図である。SG-09は定幅分析、1/24オクターブ分析は2.5%の定比分析である。

 第3図は、プッシュホンの発信音の分析で、特にSG-09の分析パターンは格子状の特徴がはっきり出ているが、1/24オクターブ分析では、周波数軸上の線がみられず、これは、バンド幅が狭いので、フィルターの立ち上りまで信号が継続していないものと考えられる
-第3図-

 第4図は、従来までの電話の発信音である。第5図は女性2名、男性1名の音声分析で、"あ、音声の分析"の分析結果である。

-第4図-
-第5図-

5. 音響、振動インテンシティー分析(オプション)
 本装置は1/1〜1/24オクターブ分析を基本としながら、オプションとして、インテンシィティー分析を用意している。この実現方法には、FFTをべースにしたクロススペクトル法とバンド(定比)分析器を用いた直接法がある。今回は直接法で、1/3、1/6オクターブ分析をべースにしている。

 オプションで用意されている機能は以下の通りである。

〔A〕インテンシティーモード

  :AcHの音圧 PB:BcHの音圧
  :マイク間隔

(a)アクティブインテンシィティー

(b)粒子速度

(c)リアティブインテンシティー

(d)音圧

〔B〕振動インテンシティーモード

(a)表面インテンシティー

   :振動加速度

(b)振動速度

〔C〕エンベロープモード

 このモードでは、のヒルベルト変換を行ない以下の計算を行なう。のヒルベルト変換

 (a)エンベロープ()

 (b)実効値

 (c)クロススペクトラム( :リアル成分:

6. おわりに
 半導体など電子部門の進歩は、今迄想像も出来なかった事までも、現実の世界にひきずり出している。今回簡単に解説したディジタルフィルターがIC化され、部品として気楽に使用される日も近いであろう。

 現象を検知し、処理・表現するという立場からみるならば、精密なセンサーと、処理方法であるソフトウェアーの比重がますます重くなって行くであろう。

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