1986/7
No.13
1. 都市環境改善に関する作業委員会(米国) 2. 低周波音の睡眠影響 3. 建築音響研究室 4. 聴力検査室の遮音性能について

5. 中国における騒音事情

       <研究室紹介>
 建築音響研究室

室 長(所長兼務) 山 下 充 康

 小林理学研究所の特徴的な機能の一つに、残響室を用いて行う音響材料の吸音率、透過損失、音源パワーレベルなどの測定試験があります。特に建築材料の透過損失の測定については、建設大臣指定試験機関(建設省告示第108号に基づく遮音性能試験の建設大臣指定試験機関)とされており、そのデータは残響室法吸音率と同様に各種音響材料のメーカの方々からカタログ・データとして御利用戴いています。この業務は「建築音響研究室」が担当しています。ここでは、残響室を中心に小林理学研究所「建築音響研究室」の主要な施設を紹介させて戴きます。

1. 小林理学研究所における残響室の歴史
 現在、吸音率の測定に使用している第一残響室は、昭和30年度に文部省の機関研究費の交付を受けて建設されました。当時は騒音取り締まり条例ができたばかり、各地で劇場や音楽堂の建設も隆盛をきわめており、音響に対する関心が高まりつつある時期でした。このような情況であるにもかかわらず、我が国にあっては、音響材料、室内音響、騒音制御などの分野に関して総合的な研究を遂行するための十分な設備がなく、この分野での研究の発展を妨げていました。

 そんな時期に小林理学研究所では、建築音響研究室を開設することを企画して、文部省からの機関研究費の交付を受け、当時としては極めて画期的な大容積の残響室を建設しました。不整形の5角形の床面を持つ7面体の大残響室は、関係者の間で高い評価を集めました。この残響室の建設にあたっては、非常に多くの予備実験が繰り返されたと聞いています。形状、容積、材料などの基本的な要素は勿論のこと、扉の大きさや構造、マイクロホンやスピーカなどのコード類の配線処理、室内の換気や照明といった細かなことまで、日本で初めての本格的な残響室を造りあげるのですから、関係者の苦労は大層なものだったようです。今から30年もさかのぼった時代に我らが先輩の造り上げた施設が、基本的には殆どそのままの形で現在でも立派に機能していることに敬服します。

 5角形7面体の室形状は、その後に建設された残響室の参考とされ、音響関係の研究機関で兄弟分のような残響室にお目に掛かることがしばしばあります。現在でも形状や寸法比、建設方法などについての問い合わせが後を断ちません。

 残響室に要求されることは、内部の音場ができるだけ一様で、音のエネルギーが総ての方向から壁に当たるような条件が成り立っていなければならないことです。いわゆる「拡散音場条件」が実現されることが必要で、そのための基本的な形を決定する目的で、幾何音響的な作図や模型実験などが繰り返されました。当時、実験に使われた木製の残響室模型の一つが今でも研究室の片すみに残っています。(図-1. 参照)

 昭和30年には、第1残響室の他に直方体の残響室も作られました。直方体ですから拡散音場条件が成り立ちにくいのですが、拡散板を持ち込んで拡散音場を実現する方法を研究したり、室のモードの解析実験に使用したりで、残響室として使われるよりも室内音響関係の基礎実験に適用されました。一時は試験材料倉庫になったこともありましたが、分厚くて堅牢な壁、扉そして高い天井を持った大容積(120m3)の部屋であることを利用して、現在では低周波音実験室に改造されて有効に使命をはたしています。

図 1

 昭和33年、さらに文部省の機関研究費の交付によって第3, 第4, 第5の遮音測定用の残響室群が建設されました。現在では、これらに加えて、昭和40年に竣工した第6、第7の一対の残響室が設備され、材料の透過損失試験に効率的に利用されています。

 これらの残響室群の配置と外観を図-2, 3に示しました。

図 2
 
図 3

2. 残響室の仕様
 6つの不整形の大小の残響室の仕様を表-1に示します。残響室の内面はつるつるに研ぎ出されたコンクリートで仕上げられています。

表−1 残響室の仕様

 以上、一群となった不整形7面体の残響室の他に昭和42年、科学技術庁からの3ヶ年にわたる委託研究「騒音防止に関する試験研究」に当たって建設した6面体の残響室(容積:148m3)があります。高速気流による発生音の性状や制御の研究に使用するために作られた残響室で、コンプレッサーと貯気槽(14m3 2基)が付属しており、最高200m/秒の気流を作り出すことができます。噴き出しノズルによる発生音のパワーレベルの違いや、サイレンサーの設計に係る実験を遂行するのに欠くことの出来ない残響室です。

 もうひとつ、これは残響室というにはあまりにも小さいものですが、図-4に示すような、透明のプラスティック板で作られた吸音率測定用の残響室があります。第1残響室の1/10寸法になっている、おもちゃのようなミニチュア残響室です。この内部に窒素ガスを封入して、模型実験に使用する材料の極めて高い周波数領域における吸音率の測定に使われ、立派に残響室としての役目をはたしています。

図 4

3. 音響材料の性能試験

 建築に使われる各種の材料の吸音率や透過損失などの音響的な特性を残響室を使って測定する作業は、昭和30年代のはじめに残響室が完成して以来、今日にいたるまで絶え間なく続けられています。社会的に要求される音響材料の性能の向上とこれに対応した新しい音響材料の開発の過程で、音響性能のデータの測定は欠くことができません。

 測定方法の詳細についてここに述べることは省略しますが、常に改良が進められています。例えば、残響時間の計測にあたっても、マグネットの塊りのような舶来のレベルレコーダ(日本にレベルレコーダが登場した第1号機とのことで、故佐藤孝二前理事長が洋行帰りの際、横浜港に担いで来られたものと聞いています。)が赤いパラフィン紙の上に細々と記録した減衰曲線に分度器をあてがって読み取っていた当初の測定システムに比べると、多くの改良点がみられます。このニュースの誌上でも「残響室系自動測定システム(第2号、1982年9月)」を紹介しました。

 残響室における吸音率、透過損失の計測の他に、インピーダンス・チューブを用いた「垂直入射吸音率」の測定、ダンピング材料の損失係数の測定なども行っています。垂直入射吸音率の測定に使用するインピーダンス・チューブは、表-2に示す3種類が支度されていますが、昨年から、直径800ミリメートル、長さ12メートルの大砲のようなインピーダンス・チューブを用いた低周波数領域での実験を始めています。

表−2 垂直入射吸音率測定装置

 

 残響室における吸音率と透過損失の測定件数の過去10年の推移を図-5に示しました。

図 5

4. 流れ抵抗の測定と材料の開発
 ガラス繊維や布などの通気性を有する多孔質材料の吸音メカニズムが主に材料内部での摩擦損失に起因していることから、直流の「流れ抵抗」と「垂直入射吸音率」との間には、かなり明確な関係が観測されます。流れ抵抗の測定は、吸音率の測定よりも簡易であるため、グラスウール吸音材料の品質管理規定(JIS A6306)に実用的に使われています。建築音響研究室では、様々な種類の多孔質吸音材料について流れ抵抗を系統的に観測し、吸音率との関係を求めながら、その応用を研究しています。

 社会的な要求から、従来とは違った音響材料が望まれているので、これまでに蓄積された知見に基づいた新たな吸音材料、遮音材料の開発研究も重要な仕事です。材料メーカ関係者の方々からの相談に対応しながら、開発された試作材料の性能試験をするなどのお手伝いをしています。

5. おわりに
 音響材料に課せられている吸音、遮音性能に関する課題は、これからも益々複雑化すると考えられます。材料自身の性能に加えて、材料が使われる実際の施工現場における音響的な特性もおろそかにすることはできません。集合住宅における固体伝搬音や床撃音の低減、間仕切り壁の遮音性能の向上など、様々な課題を取り上げて、基礎的な実験から現場での実態調査まで多角的に研究を推進することも、この研究室の大切な使命のひとつです。そのためには材料メーカや建設機関の方々との連絡を欠くことができません。昨年度は音響材料関係の公開の講習会を開催し、多方面からの参加をいただきましたが、特にその中での生々しいディスカッションを通じて、何等かのお手伝いができたようです。

 建築音響研究室の設備を中心に紹介させていただきました。こじんまりとした研究室ですが、機会がございまたらお立ち寄り下さい。研究スタッフは山下充康(室長)小川博正(主任)、金沢純一、吉村純一です。

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