1986/4
No.12
1. 海中の騒音問題 2. 鉄道騒音の評価について 3. 通常離着時のヘリコプタ騒音の評価 4. 新世代のオージオメーター−AA-70−
       
 海中の騒音問題

理 事 実 吉 純 一

海にも騒音がある
 海中では、音波の伝搬は空中に比べてはるかに良好だし、海面でくだける白波、動物の出す音、海底を伝わる地殻振動、などの自然現象のほか、航走する船舶など強力な人工騒音が遠方まで聞こえて、海中は結構やかましい。
 しかし“騒音問題”となると、人間が海中に住んでいないため、不眠とか聴力低下のような直接の被害はなく、水中音波を利用する諸技術への妨害に限られる。
 筆者は、昭和初期から水中聴音、超音波による潜水艦探知などにたずさわって、海中の騒音に悩まされ、その対策のため先輩である空中騒音の学問や技術のお世話になった。それで、この機会に共通の視野から海中の騒音問題を書いたら、多少はお役に立つかと考えた。

海中の音波伝搬の特徴
 水平方向の伝搬を考える場合、海水という媒質は、海面と海底にはさまれる板のような形であることが多い。海底面の吸音は空中音に対する地表面より大きいらしいが、上は海面という吸音の極めて小さい天じょうに覆われているので、海面と海底に交互に多数回反射した音波が意外に遠距離まで伝わる。

海中音波による通信
 空中音の応用で最も日常的な音声による情報の伝達交換に相当するものは、ダイバーと水上の母船との連絡に要求されるが、口と耳で直接に発声聴音できないので、携帯用無線電話機のアンテナを水中用のスピーカとマイクで置換したような装置が必要になって、手軽には使えない。水上の船相互間のように電磁波が使える場面では、水中音波のメリットはない。
 電磁波の伝わらない海中海底を検査する有人・無人の潜水艇では、水中音波(超音波を含む)による通信と情報集めが不可欠である。しかし伝搬速度が電波より遅いため、水平距離を欲張ると、応答が遅すぎたり、海面・海底を反射する多重径路の遅れた波が信号波形をひずませる。また送信電力や重量の制限もあるので、伝搬距離の短かい場面で、多くの用途が開発されている。

SONARとは、
 元来Sound navjgation and rangingの略語だったが、今では通信目的以外の水中音響装置を総称している。そしてactive sonarはパルス音を発射して、海底・潜水艦・魚群などの標的からの反射音を受信して、標的に関する距離・方位その他多種類の情報を獲得するものであり、passive sonarは水上艦や潜水艦の出す音を受けるだけで、音源の種類・方位・速力その他多くの情報を知ろうとするもので、水中聴音機ともいう。

Active sonarと騒音
 遠距離用潜水艦探知機では、探知距離を極力伸ばすために、吸収減衰の小さい低周波(数kHzを用い、送受波器は波長に応じて大きくして、送信電力の非常に大きな大規模の装置に至っている。受信された標的のエコーは増幅後に情報処理されてからブラウン管に、上空から見た平面図の形で表示される。
 探知可能距離は要するに、海中騒音N(自艦走行音を含む)の中から、標的らしいエコー(信号Sと見なす)を拾い出すことが可能なSN比で定まる。Nを減らすために、受信系の立体的指向性をなるべく鋭くして標的以外の方向からの騒音を避け、受波器装備位置は船底の静かな場所を選び、音に透明な流線形のカバーを設け、受信系の周波数帯域幅を狭くしてSと周波数の異なるNの成分を除去するなどの伝統的な方法が基本だが、戦後は、送信の正弦波パルスに特殊な周波数変調や特殊な符号による振幅変調を行って、それを鍵にして選択的にSを検出する方法とか、受信波形をAD変換してSが含まれる確率を演算してそれをブラウン管に実時間で表示するなど、種種の情報処理的技術が試みられた。レーダとちがって、パルス発射間隔が数十秒もあって待遠しく、1発のパルスも貴重なので、十分に情報処理をして標的エコーを確認する能力を高めたい、という訳である。

背景騒音のスペクトラムレベル
 Active sonarの周波数は用途によって様々である。小電力の近距離用装置では数十または数百kHzと高くして送受波器寸法を小さくする。それで、探知能力を支配する騒音レベルの実態を調べておくのに、空中の騒音測定とはちがって、広い周波数範囲の騒音レベルを測る必要がある。そのためにスペクトラムレベルを定義して、それで表示している。
 海中騒音は大体連続スペクトルを持つので、実用または測定用の受音系の騒音のパワーは、それぞれの周波数帯域幅に比例し、騒音の音圧または電圧は帯域幅の平方根に比例すると見なす。そして実用装置の受信帯域幅は区々であるから、測定された騒音音圧をそのときの帯域幅の平方根で割って、1Hzの帯域幅の場合に規準化した値を、スペクトラムレベルと定義している。それで、実測された海中騒音のスペクトルには、などと付記してある。実用装置の帯域幅が100Hzまたは10000Hzである場合の騒音レベルを予知するには、表示されたdBの値に20dBまたは30dBを加えればよい。
 公表された多くの実測値を集めて整理したG.M.Wenzのチャート(超音波技術便覧増補版、p.1566)を見ると、を0dBとしたスペクトラムレベルの値は、100Hzでは12〜61dB、10kHzでは-6〜35dBとなっており、海域や海況によって50dBに近い差異がある。それらの周波数範囲では海面で白波の砕ける音が主力であって、風波の程度によってレベルは大きく変動する。豪雨が水面をたたく音は数百Hzから数十kHzの高周波成分が著るしい。数十から数百Hzの低域では、船の航走音が主力で、遠距離の見えない多数の音が背景騒音になっていているらしい。
 数十Hz以下の超低音域については、爆発音や地震波などの成分は強いが、海面に近いところ(波長の1/6以内)では、音圧が低下する現象がある。これは、特性音響インピーダンスが3けた半も小さい空気が海面上に存在するための水中音響特有の現象であって、海底に低周波音源があっても水面が上下に振動するだけで、海面付近には音圧はほとんど発生できないので、普通の圧力形水中マイクを浅く沈めた場合は低音は受からない。

Passve sonarと騒音
 この場合は標的の船が走る音がsignalであって、自船の走る騒音や海中騒音の中から類似したSを拾い出すという独特のむずかしさを解決するために、聴音の方法は、鋭い受波指向性を作って、それを水平面内でゆっくり回転させながら、船らしい音が聞こえた方向の角度を読み取るのが基本的である。
 遠距離用の本格的聴音機では、特性のよく揃った数十ないし数百個の受音器群(可聴域)を数mの広がりに分散配置し、各受音器の出力を特殊なスイッチで遅延回路につなぎ、特定方向からの音波の到着時間差を電気的に補償してすべての受音出力電圧を同位相にすることによって指向性の最大を作る。そのスイッチのハンドルを回して、指向性の最大方向を手動で回転させて標的を探がすので最大法と呼ばれる。
 しかし遠距離では、指向性の最大を向けても音量はほとんど増大しないのに、何か船の音らしいものが聞き取れるということで判定できる。低周波音については指向性が広いので最大音の方向を判定しにくいが、指向性の鋭い高周波成分に着目すればよく、また、音源方向にピタリと一致したときだけ、すべての周波数成分が揃って大きくなるので、音源の特徴が聴きやすいわけである。聴音機では、SとNに周波数域の差が無いので、SN比改善はこのように指向性だけに頼らざるをえない。
 Sであり同時にNである航走音は、船首で盛り上った水が勢よく落下する音、プロペラが泡だらけの水中で回転して泡をたたく音、プロペラ背面の負圧を生ずる場所で空洞が発生してはつぶれる音(キャビテイションの音)などのように船と水との相互作用で発生する音と、船内のエンジンその他の動力機械の振動が船体を伝搬して水中に放射される音とに大別される。
 潜航中の潜水艦は水上艦船に比べて、両種の音が共に弱いので、水上の船から潜水艦を探知しにくいが、逆の場合は遠方からでも探知できる。いずれにしても船を静かにすることが、死命を制するので、補機・主機などの振動源の据付けに防振ゴムなどを極力使用する。
 水との相互作用の音については、受音器装備位置を相互作用の音源から遠ざけることが有効である。大艦の最前部の船底に受音器を装備した聴音機が、速力30ノットの高速でも静かであったのは、聴音機である水面付近の気泡やプロペラから遠かったためであるらしい。
 以下は筆者のやゝ独断的な見解だが、自船騒音でやかましい中から、遠方の船らしい微弱な音を発見し確認するためには、通常のスペクトル分析の手法は無力で、音の時間的変動のパタンを聴き分けて、何々らしい音と連想したりして判定する方法が有効らしい。それは過去に聴いた多数の音のパタンの記憶と比較して、似たものを選び出す操作であって、それには、スペクトルのパタンよりも、時間的変動のパタンのほうが、記憶・表現・識別しやすいからだと思われる。
 これらのことは、空中の騒音源の所在と発音メカニズムを突き止めるのにも有効であろうと考え、1982年10月の日本音響学会の騒音研究会で、“時系列パタンによる騒音源の追求”と題して詳しく論じた。

-先頭へ戻る-