1986/1
No.11
1. 老人性難聴を経験して 2. 低周波音評価の周波数特性 3. インターノイズ’85-ミュンヘン-

4. 第4回鉄道および軌道交通システムの騒音に関する国際会議に出席して

5. 聴覚障害児教育国際会議に出席して

6. 補聴器の装用利得についての検討 7. フランス新幹線 TGV
       <技術報告>
 補聴器の装用利得についての検討

リオン(株)聴能技術部 山 本 卓 男

1. はじめに
 小林理研製作所(リオンの前身)で1948年にMinature管を使用した補聴器が製作されて以来、補聴器の小型化、性能向上には目を見張るものがある。最近では個人の耳型をとり、その耳型の内部にマイクロホン、アンプ、イヤホン等を組込んだカスタム型、カナール型が製作されるようになった。
 一方、難聴者に対して補聴器の利得、周波数特性および最大出力音圧をどのように調整して装用させるか、いわゆるフィッティングについても、医学、教育、工学等の各分野において研究がなされてきている。現在までの手法は大きく分けて、
純音聴力レベルより算出した値に基づいて設定する。
会話スペクトルが快適レベルとなるように設定する。
会話スペクトルが閾値上のある値となるように設定する。
等に整理することができる。最大出力音圧は不快閾値を超えないように調整するのが一般的である。

2. 検討 1
 前記、の考え方に基づき種々提案されている手法を挿入利得的(挿入利得とは、補聴器を装用しないときと、装用したときの鼓膜面音圧の差)考え方で、利得および周波数特性について検討してみると、平均的には聴力レベルの約1/2の利得となる。しかし、各手法による利得および周波数時性の差は大きく、装用効果も大きく異ることが予想された。

3. 検討 2
 いずれにしても補聴器を装用する場合の利得や周波数特性は、日常生活における必要な音と聴覚のダイナミックレンジの関係によって決定されなければならない。そこで我々は、従来より提案されている経験的あるいは統計的手法とは別に、補聴器への入力音となりうる会話レベルや街頭騒音などの大きさとスペクトルがどのようなものであるか(入力音に関するダイナミックレンジ)補聴器を装用しようとする難聴者の最小可聴域値から不快域値までの聴覚のダイナミックレンジはどのような傾向にあるのか、その結果として、補聴器のダイナミックレンジとのかかわりから、装用利得および周波数特性はどのようになるか、について理論的に検討を行った。
  入力音に関するダイナミックレンジ:補聴器への入力音となりうる日常的な音として、普通に話される会話レベルから比較的大きい街頭騒音を対象として検討した。普通に話される会話レベルはオーバーオールで約65dBである。その長時間スペクトルの1/3オクターブ幅での実効値および累積確率分布1%、70%値は表1に示す通りである。一方、街頭騒音は多種、多様であり特定することは難かしいが、我々は平均的な値として表2に示す値とした。

図 1 補聴器のダイナミックレンジの決定概念図
 
表 1 会話音圧レベル オーバーオール65dB
 
表 2 街頭騒音 音圧レベル(dB)

  聴覚のダイナミックレンジ:健聴者5名を含む、平均聴力レベル30.5〜85.5dBの伝音、混合、感音難聴者、計58名、58耳の聴覚のダイナミックレンジを調査し、その結果を一次回帰直線で求めたところ下記の通りであった。
   500Hz:−0.755×HL+89.7(dB)
   1000Hz:−0.743×HL+91.9(dB)
   2000Hz:−0.749×HL+92.8(dB)
   4000Hz:−0.789×HL+89.8(dB)
  補聴器のダイナミックレンジ:補聴器のダイナミックレンジを、仮りに、補聴器の雑音レベルから最大出力音圧までとする。雑音レベルは等価入力雑音レベルから推測することができる。その一般的な値は35dB以下であり、先の会話レベルと比較しても十分なSN比を保っていると思われた。最大出力音圧は、個々の補聴器において調整機能を備えており、回路的にはAGC、ピーククリッピングなどの方式が取り入れられている。今回はピーククリッピング的に動作する最大出力音圧調整機能を備えている補聴器を対象に検討を進めた。
  各ダイナミックレンジの関係:会話レベルや街頭騒のスペクトルが、正常耳の場合、聴覚のダイナミックレンジ内のどの範囲にあるかを図2に示す。会話スペクトル斜線の部分は、累積確率分布1%〜70%値であり、破線はその実効値である。図3は図2での1000Hzの関係を聴力レベル別に展開したものである。これらの図から、聴力レベルが約20dBの人は普通会話レベルの70%値近くまでを聴取することができるが、約60dBの人はほとんど聴取できないことが判かる。

図 2 会話および騒音スペクトル
 
図 3 入力音および聴覚のダイナミックレンジ 1000Hz

  増幅後のダイナミックレンジの関係:難聴者に対しその聴力レベルの1/2を装用利得とした場合の会話レベルや街頭騒音と、装用時の域値や不快域値の関係を図4に示す。同様に500Hz、2000Hz、40000Hzについても併せ検討すると。
 a) 騒音レベルは、周波数500Hzでは聴力レベル約40dBの難聴者で不快域値に達する。周波数1000〜4000Hzでは、聴力レベル約60dBで不快域値に達する。
 b) 会話レベルは、各周波数において聴力レベルが60dBを超えると域値以下となる部分が多くなってくる。

図 4 装用時のダイナミックレンジ 1000Hz

 これまでの検討結果から、聴力レベルの1/2の装用利得を与えた場合、次のことが考えられる。
 a) 周波数500Hzでは、他の周波数に比べて街頭騒音のレベルが不快域値に達し易くなることや500Hz以下は語音明瞭度に対する貢献度が低いことを考え合せると、装用利得は聴力レベルの1/2よりやや小さくすることが望ましい。
 b) 会話は、聴力レベルが60dBを超えると聴取し難くなる。したがって、それを聴取するためには、装用利得は聴力レベルの1/2よりやや大きくする必要がある。また聴力レベル40dB未満ではやや小さめの利得であっても会話は十分聴取できることが予想される。

4. 装用利得の一般式
  街頭騒音と不快域値の関係から、500Hzにおいて聴力レベルの1/2の装用利得を与えると、聴力レベル40dBで街頭騒音の出力音圧レベルが不快域値に達し、また、60dBでは約5dBほど超過してしまうので、これを不快域値まで下げる必要が生じる。そこで聴力レベル60dBでは装用利得を約25dBにすると不快域値を超えなくなる。
  会話レベルと聴力レベルの関係をみると、聴力レベルが60dBを超える場合、その1/2の装用利得では会話が聴取し難くなるので、多少の補正が必要である。この補正値について、次のような設定を行い検討した。
 a) 語音明瞭度が60%得られれば、どうにか会話が通じる。(経験的数値)
 b) 語音明瞭度60%を与える域値上の音圧レベルは、正常者の語音明瞭度曲線から算出すると約25dB SPLである。
 c) ISO-R226より片耳の域値音圧レベルは500Hzで9dB、1000Hzで7dB、2000Hzで4dB、4000Hzで−1dBとする。
 d) 語音明瞭度60%を与える会話レベルの音圧レベルはオーバーオールで25dB+7dB=32dBとなる。したがって、語音明瞭度60%を与える会話レベルの1/3オクターブ幅での実効値の概算は1000Hzで13dB、2000Hzで9dB、4000Hzで10dBとなる。
 これらの設定値の関係を図5に示す。

図 5 域値と会話スペクトル

 聴力レベル80dBの難聴者にその1/2の装用利得を与えた場合、会話レベルの実効値と域値の音圧レベルの関係は表3のようになる。したがって、域値上の会話レベルの実効値は、1000Hz:93dB−87dB=6dB、2000Hz:86dB−84dB=2dB、4000Hz:82dB−79dB=3dBとなる。この値が語音明瞭度60%を与える域値上の音圧レベルとなるためには、1000Hz:13dB−6dB=7dB、2000Hz:9dB−2dB=7dB、4000Hz:10dB−3dB=7dBとなり、各周波数で7dBの補正が必要となる。しかし、一般的な聴力の測定は5dBステップで行われているという理由から、この補正値を5dBとしても良いと考えた。

表 3 a) 増幅された会話の実効値の出力音圧レベル
 
b) 聴力レベル80dBの難聴者の域値音圧レベル

  聴力レベル60dBの難聴者に対して、その1/2の装用利得を与えると図6に示すように会話の実効値が域値上1000Hzで16dB、2000Hzで12dB、4000Hzで13dBとなる。この値は正常者で語音明瞭度が約60%となる音圧レベルである。また騒音と不快域値の関係からみても適当であるといえる。ただし、500Hzについては約25dB(1/2.5HL)の装用利得とする必要がある。

図 6 装用域値と会話スペクトル

  聴力レベルが40dB未満であれば、その1/2の装用利得より小さくても会話が通じる音圧レベルとなるので、街頭騒音が不快域値に達しない装用利得とすることが望ましい。
 これらの理由から、予想される装用利得は、聴力レベル60dBでは、500Hz:1/2.5HL(dB)、1000Hz〜4000Hz:1/2HL(dB)となる。これを基本として、聴力レベルが80dBのとき5dBの補正を行い、聴力レベルが60dB未満であれば多少のマイナス補正を行う項として、(HL-60)/4を加えた一般式
500Hz:1/2.5HL±(HL−60)/4=0.65HL−15(dB)
1000〜4000Hz:1/2HL+(HL−60)/4=0.75HL−15(dB)
が導びかれる。

5. 装用経験および結果
 前記一般式による利得の設定を行ない、装用初期および装用6ヶ月〜12ヶ月経過後の評価を行った。

  装用初期における評価:対象は、年齢17〜80才の混合難聴8名、感音難聴15名の計23名、23耳、平均聴力レベルは42.5dB〜82.5dBの水平型および高音漸傾型で、67式語表による語音明瞭度は25%〜95%であった。
 評価音は、67式語表聴力検査用テープに付属している了解度測定用語表に、SN比10dBのホスノイズを加え、その検査音圧を65dB、75dBとしたものおよび交通騒音90dBである。難聴者に補聴器を装用させ、評価音をスピーカから提示し、表4から表7までの内容の問診を行った。語表による結果は、表4、表5および表6の数値のようになり、交通騒音による結果は、表7の数値となった。この結果から、補聴器への入力音となる会話レベルが約70dBであれば、大きさ、内容とも好結果となる。したがって、普通よりやや大きい会話レベルであれば周囲騒音とのSN比の改善もあり良好な会話が可能となることが予想される。交通騒音による評価では、耳が痛い感じはしないが、補聴器をはずしたいと答えた人が多かった。これらの人に対しては、音量調整器の操作について指導を行った。

表 4 音の大きさについて
 
表 5 内容について
 
表 6 会話音75dBにおける音質について
 
表 7 交通騒音90dBについて

  装用6ヶ月〜12ヶ月経過後の評価:対象は初期装用で評価を行った23名のうち15名である。結果を表8に示す。音質について"キンキン"、"こもる"が各一名あったが、その後の調査で装用耳の変更、表現上の問題によるものであった。また、室内での突発的な音や外出時で"頭にひびく"は、最大出力音圧に関係したもので、再調整を行ったところ良好な結果となった。その調整値は−3〜−5dBであった。補聴器について"やや不満"と答えた人は、内容7.8.9.に関するものであった。
 一般式に基づく装用例は現在までに150例以上となっており装用後の評価も30例を超えている。その結果は、上記内容とほぼ同様である。

6. まとめ
 入力音、聴覚および補聴器の三つのダイナミックレンジから導びかれた装用利得の一般式は、通常の補聴器使用状況に対して良く一致していると云える。したがって、一般式は補聴器装用に際して十分その目安となり得るものである。

表 8 アンケート調査結果(6ヶ月〜12ヶ月後)

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