1986/1
No.11
1. 老人性難聴を経験して 2. 低周波音評価の周波数特性 3. インターノイズ’85-ミュンヘン-

4. 第4回鉄道および軌道交通システムの騒音に関する国際会議に出席して

5. 聴覚障害児教育国際会議に出席して

6. 補聴器の装用利得についての検討 7. フランス新幹線 TGV
       <会議報告>
 聴覚障害児教育国際会議に出席して
     
INTERNATIONAL CONGRESS ON EDUCATION OF THE DEAF(UNIVERSITY OF  MANCHESTER, UNITED KINGDOM)

母と子の教室 金 山 千 代 子

はじめに
 この聴覚障害児教育国際会議は1872年に開始されたもので、聴覚障害児教育や福祉を世界的立場から充実し発展させるための唯一の会議となっており、今まで大体5年目毎に世界の国々で開催されてきました。

 主として聾教育関係者(聾学校教師、教員養成大学教師)、聴覚障害に関する各種専門分野の研究者が参加しておりますが、最近の傾向としては成人した聴覚障害者本人達や聴覚障害児を育てる両親達の参加もあり、会議にとりあげられるテーマも多様化してまいりました。

 今回の参加者は57か国、1,405名となっています。その中日本からの参加者はイギリス、アメリカに次いで105名の多数でありました。日本の場合は事務局からの配慮で100名に達するならば、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語と同じように公用語として同時通訳を入れるという条件があったせいでしょう。誌上発表を含めて43件もの発表がありました。

 母と子の教室は1975年の東京大会に初めて参加発表し、今回は三度目の発表のチャンスを得て金山と共に母と子の教室親の会会長手塚正枝(母)、美枝(娘19才、聴力レベル80dB)が参加発表を行いました。

1. マンチェスター大会内容
◎日程(1985年8月4日〜9日)
【全体会】8月5日
 ・開会式 デボンシャー公爵、その他の祝辞、挨拶  
 ・基調講演 組織委員長 テイラー教授  
 ・全体講演 国際会議委員長 シルバーマン博士  
 ・討議 "蝸牛殼の移植について"英米より5名
【分科会】8月6日〜8日
分科会の構成と発表件数
 ・スピーチと言語(75) 
 ・教育(64) 
 ・技術的発展(56)
 ・メインストリーミングと社会的インテグレーション(50) 
 ・コミュニケーションの方法(34) 

 ・第三世界の諸問題(31) 
 ・重複障害(24) 
 ・心理学(22) 
 ・教師教育(19) 
 ・継統教育(18) 
 ・雇傭(18) 
 ・スクリーニングとアセスメント(17) 
 ・医学的側面(13)
 ・少数民族(4) 
 ・親の役割(4)
 ・その他(14)
【展示】8月6日〜8日
 イギリス、アメリカからの教育・福祉面の紹介が中心となって行なわれましたが、日本は"日本ルーム"として一室設け、日本の聴覚障害児教育の現状を紹介するVTRや児童・生徒の作品、またリオンKKの協力による筑波大学からの"相互通話方式補聴システム"の紹介や筑波大西川俊氏(聴障者)の開発による"字幕挿入ビデオ"などの展示が行なわれました。その他各国から補聴器・オージオメータなどの商業展示が行なわれました。
【閉会式】8月9日
 ・閉会挨拶
 ・参加者からの提言(自由発言可能)
 ・国際会議委員の紹介(大島功先生は副委員長)
 組織委員長の交替(新委員長マーデブリンク夫人)
 ・1986年香港大会の紹介

2. 母と子の教室からの発表について
 金山と手塚会長(母と子の教室親の会)との共同発表という形で、母と子の教室の18年の歩みの中から"聴覚障害児を持つ両親への援助"に焦点をあてて"教育分科会"で15分間の発表を行いました。内容の概略は次の通りです。
 ・母と子の教室の早期発見・早期教育の業務機能
 ・乳幼児期の両親教育プログラム
 ・現在までの(18年間)利用状況
 ・両親援助の基本理念とプログラムの構造
 ・両親援助の発展的活動である親の会の活動
 以上についてスライドとVTRを用いて発表しました。教育分科会会場は分科会会場としては最も大きな階段教室でした。午前中の最後の発表であったためと発表に15分を費したため質問時間が充分とれなかったことが残念でしたが、その後の交流の中で個人的に次のような意見を聞くことが出来ました。
● 聴覚障害幼児のみの専門機関としてよくここまで(年数、業務の内容、受付人数)やってきていると思うが運営資金はどこから出るのか。
● 両親教育・援助の一環として親の会の自主的活動を発展させている点が理想的である。
● 先進国としての国の行政を越えて存在する民間機関のユニーク性をどこにおこうと考えるか。今後の見通しは。
● 幼児期からのインテグレーション(統合教育)の方針を打ち出しているが、それは果してすべての聴覚障害児を本当に幸福にさせ得るだろうか。

 以上のような質問や意見は、現在母と子の教室が直面している課題でありましたので非常に良い刺戟として受けとめることが出来ました。また中には"母と子の教室の方針や方法に共感した。是非VTRのテープを欲しい。"と言うスコットランドの聾学校の校長先生にも出会いうれしく思いました。(大変美しい女性でした)

 またハプニングとしては、同行の手塚会長親子が"親の役割分科会"で予定外に発表することになり、同時通訳のない小会場であったため一夜漬けの英語の原稿で発表を行いましたが大変好評で、特に美枝さん(80dB)の英語のスピーチの明瞭さに驚いたり涙を浮かべて感激する人ありで大拍手を頂きました。このことがパーティや会場のあちこちでかなり話題となったようでした。母と子の教室の早期教育対象児の場合、80dB程度では成人に達する頃には大体スピーチの明瞭性も高く、電話の使用なども日常化していることが多いのですが、手指サインなどを中心とする学校教育から見るとまだ珍しがられるようです。

3. 全体的感想
● 参加者の印象として最も強く残った発表は"蝸牛殻の移植"だったようです。現段階としてはすべての難聴者に一般化することにはまだ疑問が残りましたが、近代科学がこの世界にどこまで入り込めるか期待される課題です。
● 日本は教育技術も電子工学的技術も諸外国には負けないハイレベルにあることを自覚しましたが、一般化という点ではやはりアメリカに比べると低いという印象を受けました。教育現場におけるコンピューターの導入などアメリカあたりは定型的ではあってもよく使われているという印象があります。
● 手指サインを交えたトータルコミュニケーションの導入は世界的になりつつあるという予感がします。聴覚の活用は当然その中に位置づけられていくものとは思われますが、効果的なプログラムや補聴システムに一段と工夫を要するでしょう。
● 今後の日本の教育的課題は、A早期教育 B高等教育 C 教員養成であることを、ホテルのロビーでシルバーマン博士から指摘されました。母と子の教室も今後この課題の中で日本における役割を果していきたいと願わずにはおれませんでした。

マンチェスター大学構内にて “いざ会場へ”
(右から)
手塚会長、金山、美枝さん、旅行社社員
 
ピカデリーホテル内
“偉大なる日米の巨星の輪の中に加わって”
(右から)
シルバーマン博士、シルバーマン夫人、今西孝雄先生、大島功校長、金山
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