1986/1
No.11
1. 老人性難聴を経験して 2. 低周波音評価の周波数特性 3. インターノイズ’85-ミュンヘン-

4. 第4回鉄道および軌道交通システムの騒音に関する国際会議に出席して

5. 聴覚障害児教育国際会議に出席して

6. 補聴器の装用利得についての検討 7. フランス新幹線 TGV
       <会議報告>
 第4回鉄道および軌道交通システムの騒音に関する国際会議に出席して

騒音振動研究室 加 来 治 郎

 第4回の鉄道騒音に関する国際会議が、さる9月24日から26日の3日間にわたってオランダ・アムステルダム近郊のNoordwijkerhoutで開催されました。過去、イギリスのDerbyでの第1回開催(1976年)以来、フランスのLyon(1978年)、アメリカのColorado(1981年)とほぼ3年周期で開かれてきましたが、日本からの参加は今回が初めてです。参加者はヨーロッパを中心とした60名前後で、こじんまりとしたシンポジウムといえるでしょう。
 会議に当てられた建物は、アムステルダムのスキポール空港から列車で1時間のライデン駅からさらにバスを乗り継いで30分の運河と畑に囲まれた林の中にぽつんと建てられた研修センターで、簡単な宿泊施設が会議場に付属しています。歩いてたどりつくことのできる範囲には住宅や商店が見当らず、参加者はここに滞在せざるを得ません。3日間を通して最初に座った席に同じ人が座り続けるという有様でした。
 会議は6つのセッションに分類され、講演はシリーズに進められます。各セッションに与えられた主要なテーマと発表件数は以下の通りです。
セッション1……レール車輪音〔転動音〕 (12件)
セッション2……転動音以外の列車騒音 (4件)
セッション3……鉄道騒音に対する社会反応 (4件)
セッション4……法規制及び騒音基準 (3件)
セッション5……騒音伝搬 (2件)
セッション6……固体伝搬音、地盤振動及び低周波音 (4件)
 各セッションの冒頭にはチェアマンによる特別講演があり、テーマに関係したこれまでの研究の進捗状況等が紹介されます。つづいて参加者の講演に移りますが、後の討論に多くの時間を残すという主旨から1件当りの発表時間は10分程度です。討論に積極的に参加するためには、事前に論文に目を通しておくことが必要であることはいうまでもありません。この会議のユニークな点は、各セッションの終了時にラポータ(Rapporteur)と称する総括者によってセッション毎に講演のとりまとめが行われることでしょう。この役には比較的若い研究者が指名されていましたが、自分の意見を交えながら総括を行うという制度に大変感心した次第です。
 この会議で報告された論文については後日その全文がJ.Sound & Vibrationに掲載される予定です。個々の論文の詳しい内容は、そちらを参照していただくこととして、ここでは会議の内容をセッション別に要約して報告したいと思います。

SESSION 1:WHEEL/RAIL NOISE
 レールと車輪の衝突によって発生する音は列車騒音の主要な騒音源であるために従来から関心が高く、今回も12件の発表がありました。内容的には転動音やスキール音(カーブ区間で耳にするキーという音)の発生メカニズムを理論的に解析した論文が5件と多く、マイクロホンアレイやインテンシティなどの計測手法を用いて音源の同定を意図した論文、およびレールや車輪の表面状態と騒音振動の関係を取扱った論文がそれぞれ3件ずつ、軌道条件による発生パワーの違いを調査した論文が1件という構成です。スキール音や車輪のキズによって発生するフラット音などの異常音が取上げられたこと、また、レールと車輪の騒音レベルの上での寄与度の違いを調査する方法として音響インテンシティの計測手法が用いられたことなどが今回の発表の特徴といえるでしょう。

SESSION 2:OTHER TYPES OF RAILWAY NOISE
 4件の発表の内、ディーゼルエンジンの騒音性状を報告した1件を除いて、他はいずれも2マイクロホン法やマイクロホンアレイなどの計測手法を用いた音源解析の結果が報告されました。ただし講演の内容は、車輪に対するダンピング効果、パンタグラフからの空力音の影響、および貨物車両からの騒音の主音源の把握をそれぞれ意図したものです。
 なお、セッションの1と2は第1日目につづけて行われました。チェアマンがセッション 2の閉会を宣言した時刻はちょうど夜の10時です。

SESSION 3:COMMUNITY RESPONSE TO RAILWAY NOISE
 2日目も定刻の9時きっかりに始まりました。このセッションには私共の発表が含まれていますので少しばかり詳しく報告しましょう。発表は社会反応調査と聴感実験の結果がそれぞれ2件ずつです。まず、デンマーク環境庁のAndersen氏は、自国における社会調査の結果からLeq24h>60dB(A)、および線路から50m以内での新しい住宅の建設を認めないとする基準を考えていると報告しています。フランスTGVの騒音基準作成の際の資料を得るために行った聴感実験の結果がDernet女史によって発表されました。試験音の聴取レベルが80〜95dB(A)と非常に高いレベルで実験が行われており、防音対策がほとんど実施されていないTGVの沿線では90dB(A)以上の騒音が実際に観測されているものと思われます。余談になりますが、パリ〜リヨン間のTGVの270km/h走行区間において線路から150m以内の範囲に住む人の数は数百人程度に過ぎないそうです。レールジョイント音やタイヤフラット音などの衝撃的な音の影響に関する私共の聴感実験の結果については、目下、世界的に注目されている衝撃音評価という点でわずかに関心を集めました。というのも、ヨーロッパの鉄道の大部分がロングレールでジョイント音が問題になることは非常に少いとのことです。後でそのことを聞かされ、多少拍子抜けした次第です。なお、オランダの市街電車に対する住民反応の調査結果ではスキール音に対する苦情が多く、7dBのペナルティが必要であると報告されています。

SESSION 4:LEGISLATION AND STANDARDIZATION ON RAILWAY NOISE
 まず冒頭の総合報告においてイギリス国鉄のStanworth氏より、EECの提案した列車騒音の規制値に対する問題点の指摘とそれに代わる新たな規制値が提案されました。EECの提案した規制値は次式で示されます。 ここでVは列車速度(km/h)で、定数Kは旅客列車が89、貨物列車が92、かつ規制値Lの上限値は96dB(A)と決められています。この問題については関係者の間で熱心な討論が行われましたが、残念ながらその行方は定かではありません。
 一般の講演では、ロンドンのDocklands鉄道の建設に際して検討された対策目標値、防音対策方法、建設コストなどがロンドン交通局により紹介されました。ちなみに対策の目標値は、7.5mの距離で70km/h走行時のピークレベルが82dB(A)以下、かつ、住居地域におけるLeqを昼間、夕方、夜間で60-55-50dB(A)〔Leq24h=58dB(A)〕とするものです。

SESSION 5:PROPAGATION OF RAILWAY NOISE
 発表が2件と少なく、道路に比べて鉄道の騒音予測や防音対策への関心が低いように思われました。Ruiten氏(TNO)の発表した騒音予測方法は、地表面の影響はもちろん、気象、空気吸収、塀と車体の間での騒音の多重反射など鉄道騒音の伝搬に関与するほとんどの要因が考慮されており、予測範囲が1,500mまでという点と合わせて大変驚かされました。新幹線鉄道の環境対策を紹介した国鉄の菊地氏の発表にはきわめて高い関心が集まり、多くの質問が寄せられていました。技術的な点では、逆L防音壁や防振スラブ軌道の効果に対する関心が高く、講演終了後に詳しい資料の送付を依頼されていたようです。

SESSION 6:GROUNDBORNE AND LOW FREQUENCY NOISE FROM RAILWAY OPERATIONS
 低周波音についての発表はなく、チェアマンの総合報告を含めていずれも固体伝搬音を扱った報告が行われました。なお、ここで問題とする固体伝搬音は日本における公害振動の概念とは多少異なり、建物の揺れそのものではなく建物が振動して発生する二次音を対象としています。ウィーンの市電による固体音の問題を調査したLang女史の発表では、通りに直接面さない部屋の中でも固体音により32〜55dB(A) の騒音レベルが観測されたと報告しています。石畳の通りにレンガ造りの建物というヨーロッパの都市に共通する悩みといえるでしょう。ISVRのHowarth女史は実際の沿線住宅を利用し、固体伝搬音の影響を空気伝搬音(透過音)と対比させて実験的に検討した結果を報告しています。
 以上第4回の鉄道騒音に関する国際会議の模様を駆け足で紹介しました。セッション別の報告では自分の興味の関係で多少のアンバランスのあったことをお詫びします。最後になりましたが、今回の実行委員長はオランダTNOのT.ten Wolde氏で、これを同じくTNOのR.G.deJong氏やオランダ鉄道のH.P.Kaper氏が補佐していました。初めての参加ということもあって東洋からの我々を大変好意的に迎えてくれました。なかでもKaper氏は日本語までもこなす大の親日家で、最終日の挨拶では我々に対してとくに日本語で丁重なメッセージを述べられ、いたく恐縮した次第です。

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