1986/1
No.11
1. 老人性難聴を経験して 2. 低周波音評価の周波数特性 3. インターノイズ’85-ミュンヘン-

4. 第4回鉄道および軌道交通システムの騒音に関する国際会議に出席して

5. 聴覚障害児教育国際会議に出席して

6. 補聴器の装用利得についての検討 7. フランス新幹線 TGV
       <研究紹介>
      ―低周波シリーズ6―
 低周波音評価の周波数特性

常務理事 時 田 保 夫

1. はじめに
 超低周波音を含む低周波音域の音を評価する場合、何に着目して評価をするのかを定めなければ、どのような周波数加重特性をかけた測定量が、一番適切かを判断することは出来ません。先に私共は、低周波音公害の現場および文献資料の調査や、低周波音暴露実験室における実験結果をもとに、低周波音評価の加重特性として、LSL(low frequency sound levelの略)特性を提案しました (1978.11)。ISOでは超低周波音領域に限定してDIS 7196(1984)でG1及びG2の二つの特性を提案しており、現在各国の賛否を問うているところです。
 各国では、研究者が独自に評価の特性を提案しております。これらの特性は、それぞれに根拠のあるものですが、評価の視点に違いがあるため、同じような特性にはなっておりません。
 今回、超低周波音を含む低周波領域に主な成分を持つノイズを実験音として暴露実験を行い、実験音に対する感覚評価と、種々の周波数加重特性をかけた音圧レベル(評価量)との対応関係を調べたので、評価特性の特徴と対比して説明をします。

2. 実験の方法
 健康で聴力に異常の無い被験者(男13、女17名)に、低周波音暴露実験室で、図1に示すような5種のスペクトルを持つ定常的な模擬音を、7段階の音圧レベルで暴露し(試験音の数は35種)、その時に感じた程度を各評価項目に対応して記録してもらい、その結果を集計しました。

図 1 試験音のパターン
 試験音は図2に示すように、20秒間提示をして20秒休みますが、提示の途中から回答をしてもらうようにしました。回答の評価項目は、図3に示す5項目で、それぞれに対し、全くない[1]から大いにある[5]迄の5段階の評価をしてもらいました。
図 2 音の提示と回答
 
図 3 評価項目
3. 周波数加重特性
 検討をした周波数特性は次に示すものです。
i. SPL; 音圧レベル
ii. LA; 騒音レベル
iii. LSL; 時田らの提案特性
iv. LSPL; 50Hz以下の音圧レベル
v. G1; ISO提案レベル
vi. G2; ISO提案レベル
vii. Ge; 西独からの提案特性
viii. LFNR; Bronerの提案特性
ix. T; 宮本らの提案特性
 iは2Hz迄の平坦な特性、iiはA特性を低域側迄延長した特性、iiiは50Hzをピークに、低域側へは12dB/octの傾斜、高域側には18dB/octの加重特性、v、viは20Hzをピークに、低域側は、12および6dB/octとし、高域を−24dB/octとしてあるもので、基準は10Hzにとってあります。viiの特性は、超低周波音暴露時の生理影響と、交通騒音暴露時の生理影響が等価になると考えられる特性として西独から提案されたものです。viiiの特性は、レベルによって周波数特性が変わるので、此処には一緒に示すことは出来ませんが、NR曲線(Noise Rating)を基本にして、且つ90Hz以下の周波数領域の評価を大きく考える特性で、20Hz迄の可聴音領域を評価するとしていますが、今回は周波数特性をそのまま低域に延長して検討をしてみました。ivの特性は東京都の公害研究所で行った感覚実験結果から導いた低周波音評価の為の周波数特性です。これらの特性はviiiを除き図4に示します。
図 4 周波数加重特性

4. 実験の結果と検討
 実験は5種類の音を7段階のレベルで出しますから、全部で35種の音を使います。音の出し方はランダムにして行いました。各音に対する評価は個人毎に違います。しかしレベルに対する評価段階の依存性は十分保たれておりました。
 今回は被験者の評価を総合して考えることにし、各質問項目に対する回答の平均を次の式で算出し評点と名付けました。
 
 但し、n;回答番号、In;nの回答百分率。
 評点は、1以下および5以上は無いため、レベル対評点の対応は、S字型や弓型になることが多いのですが、ほぼ直線に近似することが出来ます。
 図5に"低い音が気になる"についての回答を例にして示します。図の中に表示している直線は、レベルと評点とを直線回帰したものです。また、図中の記号は図1に示してある試験音の記号に対応します。

図 5 実験結果の一例 (低い音が気になりますか?)

 それぞれの評価に対する回帰直線を求め、その相関係数と回帰直線からの偏差を計算し、図6のようにまとめてみました。圧迫感と振動感は被験者にとって区別が難しい場合がありますが、ほぼ似た評点となるので、まとめて同じカテゴリーとしてみることにしました。

図 6 実験結果(相関係数と偏差)

 この実験では、それぞれの音ごとに、35dBの範囲で音圧を変化させたため、試験音全部についてみると、それぞれの加重特性によっては40dB以上に及ぶ範囲の変化を与えたことになり、結果として相関係数は高い水準となりましたが、各評価特性に対する相関係数間の有意差検定をしてみますと、相関係数で0.1の差がありますと、危険率1%で有意差を認めることができました。差が0.05以下の場合には、僅かの違いをもって各特性の優劣を云うことは極めて危険なことで、データを見るうえでは十分な注意が必要です。
 各評価特性は、それぞれが根拠のある特性ですが、低周波の音にはどれが良いかは、前述のように何を評価しようとするかで変わってしまいます。我々が行った感覚実験では、低周波音域と考えている数Hzから100Hz位い迄の音を取り扱う場合には、普通の騒音領域とは違って、圧迫感振動感が、この範囲の音の特徴をあらわす代表感覚と考えました。総合的には"不快"も意味のある語句ですが、特に低周波音に限定するものでは無いと思いますので、低周波音に限定して、その特徴を示すものとしては、"圧迫感振動感"と"低い音が気になる"を取り上げて考えるのが良いと思われます。
 この点で考えますと、GeとLSLが相関係数も大きく、且つ偏差も小さいといえます。しかし、この両者の特性は、全く異なったもので、他の特性との差がどこであらわれてきたものかを、更に詳しく検討をする必要がありましょう。
 先に宮本氏らは、低周波音成分の多い7種の実音を用いて感覚実験をし、T特性が良い評価を得ることを示しております。またBronerらは20〜90Hzの音の心理評価の度合を示す曲線群としてLFNRを出して、その有用性を強調しております。今回の実験音のように、超低周波音領域が含まれている現実の音に合わせると、20Hz以下を考えないのは難しいことです。その点では、G1、G2のように、超低周波音領域のみに限定しているISOの提案は、今回の実験音のような場合には、これのみで評価するのは難しくなるといえます。

5. まとめ
 超低周波音を含む低周波騒音の被験者暴露実験をした結果、次のことがわかりました。[1]スペクトルの違う各種の音に対する個人の評価は、レベル値の同じ場合でも大幅に異なるので、個々の評価特性の妥当性は一義的にはきまりません。[2]今回用いた試験音でみますと、低周波音域を評価する項目として“低い音が気になりますか”“圧迫感、振動感が有りますか”に着目し、且つ“不快ですか”の項目と共に見た場合、Ge、LSLが他の評価特性よりも、レベルと評点との相関も良く、直線回帰からの偏差も少ないといえます。但し、可聴音を含めた低周波数領域の音について、評価を規格化しようとすれば、既に歴史のある"A"特性評価に踏み込むことになるのでこれらの特性で得た数値は慎重に扱う必要があります。

〔参考文献〕
1) 時田、清水;日本騒音制御工学会技術発表会(1978.11)
2) Y.TOKITA, S.SHIMIZU & M.OKUDA;Proceedings of Conference in Aalborg (1980.5)
3) Y.TOKITA & S.NAKAMURA;Proceedings of Inter Noise '81 (1981.10)
4) Y.TOKITA, A.ODA & K.SHIMIZU;Proceedings of Inter Noise '84 (1984.12)
5) ISO/DIS 7196"Method for describing infrasound"(1984.6)
6) ISO/TC 1N 421(1980.5)
7) N.BRONER & H.G.LEVENTHALL; J.S.V. (1983)
8)宮本、青木;東京都公害研究所年報 1984

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