1984/6 No.5
1. 技術と心の調和を求めて

2. 航空機騒音監視システムの最近の開発例について

3. 騒音下におけるS/N改善について 4. 騒音軽減に関するOECD会議
       <技術報告>
 
騒音下における補聴器のS/N改善について

リオン樺ョ能技術部 梶 尾  猛

はじめに
  電気式補聴器が開発されてから、すでに80数年を経過した。この間、増幅器は真空管式からトランジスタやIC式へと移り変わり、また入出力のトランスジューサの進歩もあって、補聴器は着実に小型となり、同時に、性能面でも著しく進歩した。
 今から丁度15年前にNHKが放送した“80デシベルの壁”は一人の難聴の少女が、リオネットHA-13型補聴器(箱形)の力を借りて、80デシベルという難聴の壁を克服するまでの姿を描いた感動的なドキュメントであった。その当時、補聴器の名器といわれ、多くの難聴者に福音をもたらしたHA-13型も、その適応限界は聴力損失(旧JIS)で80デシベルといわれていた。しかし、今では当時主流であった箱形補聴器に代わって、耳掛け形補聴器で100デシベルの難聴者にも適応されるまでに、補聴器の性能は向上した。
 一方、補聴器に関する研究も進み、補聴器のフィッティングのための調整器や使用時に必要な機能の改善が行なわれた。その代表的なものが騒音下における補聴器のS/N改善方法である。
 補聴器におけるこのようなS/N改善方法としては、これまでにも多くの方法が試みられた。なかでも、指向性補聴器やFM補聴器などは以前から用いられている方法の一つである。これらに加えて、最近では自動騒音抑制装置付補聴器や、2重焦点レンズ付メガネのように、接話マイクロホンと無指向性マイクロホンの2つのマイクロホンを備えた2(ツウ)マイク補聴器などがS/N改善のより優れた方法として開発された。
 今回は、自動騒音抑制装置(Automatic Noise Suppressor以下 ANS と呼ぶ)によるS/N改善について紹介する。

ANSについて
  ある調査の報告によると、難聴者が補聴器を使っていて、困っていることの中で最も多いクレームは、周囲の音がうるさすぎるという訴えであった。
 補聴器は各周波数における聴力の程度に応じて、増幅度を選択し、きこえの悪さを補っている。しかし、室内騒音や交通騒音も一緒に増幅するので、難聴者は、この騒音をうるさく感じたり、言語聴取が困難となる。そのため“補聴器は雑音が多くて…”といった評価を与え補聴器を敬遠する要因にもなっている。
 したがって難聴者がこのような環境騒音に遭遇したとき、これらの騒音と会話音声を分離し、騒音成分を自動的に抑制して、会話音声をきき易くする装置の開発は、当然のニーズであった。
  ANS方式の開発に先だって、補聴器使用時の環境騒音がどのようなものであるかを調査した。その結果の一部を図1、2に示す。この図からも明らかなように、騒音の主な周波数成分は1000Hz以下に存在する。そこで、この騒音を検出して、その大きさに応じて、低域を自動的にカットすることは有効なことである。

図1 Noise in Restaurant.
 
図2 Noise in a Train.
 しかしこのように低域をカットすることは、騒音と同時にはいってくる音声信号にも何らかの影響を与えることが予想される。 
  一般に音声をきき易くするために、我々はよくローパスフィルタ(LPF)やハイパスフィルタ(HPF)を増幅器に組込んで用いる。疲れないソフトな音にするときにはLPFを、また、明瞭度を重視するときにはHPFを用いる。この背景には図3が示すように、例えばカットオフ周波数が1500HzのHPFを使って音声の低い周波数成分を除いても、95%程度の単音明瞭度が得られることから、HPFによって騒音をカットしても音声に及ぼす影響が少ないことが判る。
図3
ANSの動作
  図4はANS付耳掛け補聴器(HB-69AS)の構成を示すブロックダイアグラムである。ANSの主な動作は下記の通りである。
図4 BEHIND THE EAR (HB-69AS)のブロックダイヤグラム
1、マイクロホンにはいった信号の中から騒音成分をLPFで検出する。
2、検出された騒音のレベルに応じて、信号が通過するゲートを自動的に開閉する。
   このゲートはHPFで構成されており、騒音レベルが高くなると、HPFのカットオフ
   周波数が高い方へ移動するため、騒音成分が通過しにくくなる。
3、こうして騒音が除去されると音声成分のみが増幅され、S/Nが改善されて、会話音がはっきりききとれる。
 以上の動作をANS付補聴器(HB-69AS)を使って実際の周波数特性がどのように変化するかを測定したので以下に示す。図5はこの補聴器の規準周波数特性である。これに125Hzのバンドノイズを70dB SPLにして加えたときの規準周波数特性が図6で、この場合の純音の入力音圧レベルは図5と同じ60dBである。
図5 HB-69ASの規準周波数レスポンス
 
図6 FREQUENCY RESPONSE WITH AS(HB-69AS)
 ここではANSが働いて低域の周波数特性が変化した状態がよく表われている。と同時に125Hzのバンドノイズの姿は全く見られない。
 一方、同一条件でANSを働かせなかった場合の特性は図7のようになり、S/Nが極めて悪い状態となる。
図7 FREQUENCY RESPONSE WITHOUT AS(HB-69AS)

 おわりに
 
近年補聴器の小型化にともない、戸外での補聴器の使用も多くなった。そのようなときに、騒音と同じように会話の障害となるのが風雑音である。
 リオネット補聴器の多くは、そのためにウインドスクリーンがマイクロホンの音孔部についていて、風雑音の発生を少なくしている(図8参照)。しかし、それ以上に、ANSが風雑音に対しても極めて有効であることが判る。

図8 Effect of Windscreen & ANS(HB-69AS)

  ANSの使用結果、多くの難聴者からその優れた効果を裏付ける報告をいただき意を強くしている。しかし補聴器に対する難聴者の要求は、騒音問題に限らず、常に深刻である。我々は彼等の要求する補聴器に少しでも近づけるよう、更に新しい技術の開発に努力する必要がある。
耳がけ式“自動騒音抑制式補聴器〈HB-69AS〉”仕様
最大音響利得:51dB(JIS規格)
9.0dB最大出力音圧レベル:135dB(ピーク値)
規準の周波数範囲:170〜4700Hz(JIS規格)
出力制限装置:MOP
電池・電池寿命:長寿命水銀電地<NR-44〉、連続約105〜140時間
回路構成:3IC、3TR、1D
マイクロホン:エレクトレットコンデンサ
イヤホン:マグネチック
大きさ・重さ:4.7×1.5×0.9p・6.6g
適応難聴度:中等度、高度難聴、伝音、混合、感音難聴

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